vol.70 フォード
「モダン・カモフラージュ」

筆者は小学生の頃から自動車のデザインに興味があり、開発中の新車のスパイフォトなどが専門誌に掲載されると、それを食い入るように見つめて、実際に市場に出てくるときを待ったものだった。

といっても、どこからかリークしたり、専門のフォトグラファーが試走路を超望遠レンズで撮影した写真に、最新のデザインがそのまま写っていることは滅多になく、カバーやテープで偽装されたボディを他のさまざまな情報と組み合わせて描かれた予想レンダリングが、想像力を刺激したのである。

したがって、そうした雑誌の一読者として、自動車メーカーによるプロトタイプの偽装テクニックについての知識はある程度頭に入っていたが、当然ながらメーカー側がそうしたノウハウを公開するようなことはなかった。

ところが、最近、自動運転車に関する情報を収集していた際に、米国のフォードのサイトで興味深い情報を見つけたので、ここで共有しておきたいと思う。何とフォードは、最新のカモフラージュ技術を公式サイト内で公開しているのだ。


The Science of Subterfuge(ごまかしの科学)と名付けられたその資料は、「(スマートフォンなどの普及によって)たいていの人がカメラを持ち歩いている昨今では、あらゆる場所にスパイフォトグラファーが存在する」という一文から始まる。そして、プロとアマチュアのスパイフォトグラファーたちから秘密を守るために、フォードは従来よりも簡単に速くデザインの特徴を目立たなくする技術を開発したと説明する。

同社のデザイン部長は、クルマのカモフラージュ手法にお手本はないとし、大型プリンターを使って薄いフィルムに印刷されたオプティカルイリュージョン的なパターンを、実車上で1つ1つ手で貼り合わせていくフォードのやり方も、長年の経験から独自に編み出したものだという。そして、フィルムを貼る前のボディにフェイクの構造体を貼り付けてからラッピングすることで、スポーティカーをステーションワゴンのように見せかけたりもするそうだ。


ちなみに、実際の偽装作業を行うのは、フォードから委託を受けた専門業者で、そこにはカモフラージュ・コーディネーターという肩書きを持つスタッフもいるから面白い。

こうしたことは、自動車メーカーの関係者には半ば常識的な話だとしても、畑の違う分野の人から見ると、そういうデザインの職域もあるのかと驚かれるかもしれない。


サンプルの写真では、カモフラージュ後の車両が元のクルマとさほど変わっていないように見えるが、ここでは全体フォルムよりもボディの凹凸や側面のキャラクターラインを判別しにくくすることを重視しているのだろう。少なくとも、特定のデザイン言語に基づく特徴が曖昧になれば、メーカーを割り出される危険性を減らせるので、カモフラージュの目的はある程度達成されたともいえよう。

一方で、公開されたようなオプティカルイリュージョンが使われていればフォード車だと推定できてしまうため、同社が手の内を見せた理由には理解しがたいところもある。そこで、もしや公開された情報自体が囮(おとり)なのでは……と勘ぐりたくもなる今日この頃なのだ。