REPORT | プロダクト
2016.02.05 20:08
「WHAT IS HAPPENING IN SINGAPORE?」(主催:シンガポール政府観光局)のレポート後編では、デザイナーで起業家のエドウィン・ロー、デザインスタジオ「アウトオブストック」のガブリエル・タンとグスタヴォ・マッジョ、デザインエディターの中牟田洋一氏と、モデレーターの川上典李子氏によるトークセッションの模様を掲載する。
アイデンティティを示した「The Alchemists」
▲ industry+を立ち上げた中牟田洋一氏と、モデレーターの川上典李子氏
川上典李子:トーク前半ではシンガポールのアイデンティティやローカルデザインに対する考え方、豊かな自然や特色ある住環境。町工場が消えつつある一方で、周辺国との連携に可能性があること。デザイン活動は活発だが輸出は控えめであるといったお話を大変興味深く聞きました。ここからは、皆さんが実感している今のシンガポールについて教えていただきたいと思います。
▲ SupermamaやSingapore Iconsを立ち上げたエドウィン・ロー氏
エドウィン・ロー:シンガポールと言えば、365日の常夏や豊かな緑、政府による統制や整った街並みといったイメージがあると思います。
文化的には、さまざまな国から借りた文化によってつくられた国と見ることができます。母や祖母と同じように僕たち3、4世も隣国の文化とつながっていて、それは日常生活に色濃く反映されています。
建国50年を迎えて自分たちのアイデンティティを構築しつつあり、“借りた文化”が融合されて少しずつシンガポール独自のものになってきた印象です。シンガポールは「東南アジアの小さな街」という感覚で、食べ物や商品にしても中国向けやインド向けということではなく、みんなのことを考えてつくるという自然な態度があると思います。
中牟田洋一:シンガポールは一言でいうと安全。これはいちばん強く感じることですね。移住してからの4年間で警察がサイレンを鳴らして走っているのを見たのは3回くらいしかない(笑)。
シンガポールの人口は約550万人、そのうちの約3割が外国人国籍だそうですが、印象としては半数に近い感じがします。
これほどさまざまな人がいるのに、どうして平和に暮らせるのか。政府のイニシアチブやインフラによる成果だと思いますが、それ以上の理由がある気がしています。それをもっと深く知りたい。食事もいろいろな国の美味しいものがたくさんあり、大変楽しいところです。
川上:昨年ミラノサローネで行われた「The Alchemists」展はシンガポールのコンテンポラリーデザインの最新状況を凝縮して紹介した展覧会として大変評判になりました。中牟田さんはプロデューサーとして牽引されたわけですが、シンガポールのデザインの状況について教えていただけますか。
▲ ワークショップを経て15作品を選び発表したThe Alchemists展
中牟田:僕が4年前にシンガポールへ移ったときはデザインのイベントが年間1つしかなく、「大都市なのになぜ」と疑問でした。けれど、現在は驚くほどのスピードで変わってきています。
理由の1つは、政府による10年単位の計画のなかで、デザインへ力を注いできたということ。特に昨年は建国50周年で、国を挙げて続けてきた努力が目に見えるかたちになったと言えます。
実はシンガポールでビザを申請したとき、「デザインの仕事を30年間やってきた」と話したら、「ではその経験を生かしてデザインのムーブメントをシンガポールにつくってくれ」と言われました。シンガポールを起点にデザインを1つの大きなうねりにしてほしい、という意図だと解釈し、その1つのプロジェクトが「The Alchemists」展だったのです。
川上:そのムーブメントのなかで若いデザイナーが育っています。その一組がアウトオブストック。彼らは「The Alchemists」展に参加してアロマディフューザーを発表しました。「The Alchemists」展のためのワークショップでは何を感じましたか。
▲ アウトオブストックのグスタヴォ・マッジョ氏
グスタヴォ・マッジョ:ワークショップはトランスフォーメーション(変容)がテーマでした。僕たちはもともと違う機能を持つものに興味があり、このときはバイクの排気用フィルターを変容させてアロマディフューザーにつくり直したんです。
「The Alchemists」展は、最も成功したシンガポールのデザインショーだったと思います。展覧会ではシンガポールのアイデンティティや文化が感じられる作品が目立ちました。
しかし、多くの作品は日本を含むアジアの国々で製造されたもの。つまりシンガポールは単独に存在するのではなく、アジア全体との深い関わりを持つインターナショナルな存在であるというアイデンティティが示されたと思います。
▲ アウトオブストックのガブリエル・タン氏
ガブリエル・タン:ワークショップのとき、アウトオブストックのなかでは僕だけがシンガポールにいて、スペインやアルゼンチンのメンバーと夜間にアイデアを出し合いながら進めましたが、十分に課題に応えた意義あるものになったと思います。それまでつながりのなかった年代や立場の異なるデザイナーたちと対話しながら作品をつくることも貴重な経験となりました。
中牟田:若いシンガポール人のデザイナーはシャイなんです。引っ張っていかないとなかなか前に出てきてくれません。ただ一度火がつくとものすごい感受性で力を発揮する。
もしこれからシンガポールで事業を始めようという方がいたら、アドバイスとしてとにかく最初に引っ張って、彼らの良いところをどんどん引き出すような工夫が必要だと思います。
川上:エドウィンは自身のプロジェクトに何十名というデザイナーを招いている立場ですね。シンガポールは国としてどのようにデザインを育て、支援しているのですか。
エドウィン:政府は積極的にデザインを支援しています。ビジョンを打ち出し、具体的な行動とともに多くの人にデザインの力を伝え、デザイナーが何かをつくりたいという場合には資金的なサポートを得ることもできます。
有田焼のキハラと協働しはじめた当時の若かった私は、2、3種類のピースしか開発できないだろうと思っていました。しかし政府が援助してくれ、最終的には5つのコレクションを揃えることができました。開発はリスクを伴うものですが、コレクションが増えれば成功する可能性は高まります。
またデザインと直接関係ないような教育機関や産業もデザインの重要性を認識し、デザイナーの考え方を尊重してくれる傾向にあります。
この10年で3校のデザイン系大学や2つのデザイン団体が設立され、そのほか多くの大学でもデザインプログラムを設けるようになりました。私がデザイナーとして活動を始めた頃は、誰もデザイナーを目指していなかった。今ではみんなが「デザイナーになりたい」と言います。ここまで来れたのは、政府の力が大きいと思います。
▲ 有田焼のキハラで製作したSingapore icons
中牟田:確かにこの4年でいちばん変わったのは政府の対応です。デザインに対する姿勢がひじょうに柔軟になりました。デザインはこれからの産業であると認識している現れでしょう。
アジアのクリエイティブを集める
川上:アウトオブストックはシンガポールでどのような活動の仕方をしているのですか。シンガポールを拠点にすることのメリットは何でしょう。
ガブリエル:シンガポールを拠点にするメリットは、アジア全体のプロジェクトを手がけることができるということ。同時にさまざまな地域とのつながりを持つことができるということです。シンガポールにいると世界とつながっている感じがあるんです。
今はヨーロッパやアメリカのクライアントがシンガポールのデザインに興味を持ってくれています。逆にシンガポールのクライアントはヨーロッパの仕事に興味を持っている。シンガポールにいるとローカルとグローバル双方の視点を持てるので、さまざまなクライアントのニーズに応えることができます。
またこれはアウトオブストックの特徴にもなりますが、メンバーのセバスチャンがバルセロナを拠点にしていることで、外からシンガポールを眺める視点があることも利点です。
▲ アウトオブストックがデンマークのBoliaのためにデザインしたテーブル「Hide」
グスタヴォ:シンガポールでのデザインワークの特徴は出張が多いことでしょうか。立地的にもさまざまな場所をつなぎ合わせることが得意。僕はアルゼンチン出身ですがヨーロッパで暮らしたこともあり、今はアジアの多様な文化と出会えていることがとても嬉しい。文化が開かれてきて、どの国のクライアントとも上手に仕事ができるようになりました。
川上:アジアのなかのシンガポールという位置づけは大変興味深いキーワードですね。
中牟田:シンガポールは東南アジアの中心に位置し、自らも東南アジアのハブになりたいという意思があります。実はタイもインドネシアも台湾もデザインで盛り上がっていて競争になっています。
シンガポールはほとんどリソースのない国ですが、代わりに大変豊かなクリエイティビティがある。政府も「アジアのクリエイティブを集めるんだ」という考え方を持ち、これからそうしたクリエイティブの“台風の目”として打ち出していこうという気運があります。
▲ Industry+の製品であり、The Alchemists展でも発表した「Float」(Design by Olivia Lee)と、「Gabbia lamp」(Design by Ryosuke Fukusada and Rui Pereira)
シンガポールに行けばアジアの全体が見えてくる
川上:さて今後の話を伺います。エドウィン、Supermamaの展開について聞かせてくれますか。
エドウィン:3月8日にシンガポールデザインウィーク(SDW)が始まりますが、Supermamaは旗艦店をオープンします。アジア中から集めたクリエイティブな作品や、製品をつくるために自ら投資するクリエイターたちの考え方に触れられるような空間にしたいと考えています。東京の吉祥寺のようなエリアで、面白い店舗になると思います。
それからギルマンバラックスという郊外エリアでアートスペースをオープンする予定で、そこに「Shizu cafe」という内向的な人のためのカフェを併設します。シンガポールのクリエイティブな人って物静かなタイプが多いんです。お酒を飲むのもネットワーキングもたばこも嫌い、ただ静かに絵を描いたり、ものつくったりしていたい。そんなクリエイターたちが自分のことに没頭できる空間を提供できればと思っています。
川上:SDWの話が出ました。Supermamaは昨年、併催のメゾン・エ・オブジェ・アジアに出展されていましたね。
エドウィン:素晴らしい反応でした。「Singapore icons」コレクションも第1回SDWでローンチし、多くのメディアに取り上げられました。特に現地の人に好評だったのは嬉しかったですね。日本の製品をシンガポールで売り始めた頃、ほとんどの顧客がシンガポール在住の日本人だったので。SDWは現地の人々に自分たちの製品を知ってもらう良い機会です。
今年はSDW会期中のメゾン・エ・オブジェ・アジアに出展し、8~9社の日本企業とシンガポール人デザイナーがコラボレーションした作品を披露する予定です。SDWはひじょうにエキサイティングでオーディエンスもたくさんいます。ローンチするのであれば是非オススメです。
▲ AXISギャラリーでの展示よりSingapore icons
グスタヴォ:アウトオブストックも昨年SDWに参加して、竹繊維の玩具のコレクションを発表しました。このときは来場者の良い思い出になるような展示方法を考えました。大きなバケツに砂を入れて、実際に遊んでもらったんです。
今年はラグのコレクションをメゾン・エ・オブジェ・アジアに出展します。皆さんに新しいものを発見・体験してもらって、まるで一緒に旅をするような展示にしたいと思っています。
▲ メゾン・エ・オブジェ・アジアで発表予定のラグ「The Tropicals」から
中牟田:SDWはまだ始まって3年ですが、アジア中のクリエイションをどんどんシンガポールに集めてきているという印象です。新しいデザインはもちろん、アジアのさまざまな会社、タレント、素材に出会える。だからバイヤーも集まってくる。その勢いは「シンガポールに行けばアジアの全体が見えてくる」と言ってもいいくらいです。
イチオシのデザインスポットはどこ?
川上:最後に、これからシンガポールに行く人はどこを見るとよいか、オススメの場所や着眼点などシンガポールのデザインを感じるうえでのヒントをいただけますか。
エドウィン:ガイドブックにも出ていますが、まずはSupermamaをオススメします(笑)。買わなくてもいいんです。店長は皆デザイナーなので是非話してみてください。シンガポールのストーリーを語ってくれるはずです。あとは公園ですね。シンガポールは都市化された一方で多くの自然があるので体感していただきたいです。
▲ 観光客だけでなく、シンガポールの人々にも人気のSupermama
グスタヴォ:僕が初めてシンガポールに行ったとき、自然が素晴らしいと感じました。公園や植物園はユネスコの世界遺産に選ばれた場所もあり、多くの発見があります。
ガブリエル:僕がオススメしたいのはティオン・バルなど郊外の古い街並みです。たくさんの古いお店が残っていると同時に新しいデザインショップや書店、カフェもある。新しいビジネスオーナーが一世代上のオーナーと肩を並べて経営している様子が面白い場所です。
中牟田:ビジネスでSDWに行かれる方も多いと思いますが、絶対にオススメしたいのは昨年11月に新しくなったナショナル・ギャラリー・シンガポールです。シンガポールの歴史と現代の双方を見ることができます。
あとはシティホール。古い裁判所をリノベーションした手法が大変豊かで一見の価値があります。その先にあるヴィクトリアシアターまでが、広大なリノベーションの計画になっています。
それからシンガポールは夜景が大変素晴らしい。ナショナル・ギャラリーの屋上にあるバーから見る夜景もオススメです。
川上:皆さん、ありがとうございます。国の面積は限られ、天然資源が乏しいという現状はありますが、他国とつながることが当たり前で、自分たちの独自性を持ちながらネットワークを広げ、そこでのクリエイティビティが重要であるというシンガポールデザインのユニークな面が見えてきました。
本日のトークイベントはシンガポールの特色を知ることが目的でした。それを踏まえたうえで、今後は一緒に何ができるのか。シンガポールとの違いを知ることで、逆に重要な共通性が見えてくるのではないか、デザインの可能性も見えてくるのではないかという気がしました。
本日はどうもありがとうございました。(文/今村玲子)
▲ トークだけでなく、3組のクリエイターがデザインしたり企画した作品が展示された
▲ 中牟田氏がプロデュースした「ASIAN SUBCONSCIOUS」。10名のシンガポール人クリエイターが潜在的な“アジア”のイメージをグラフィックで表現したポスター。2014年にシンガポールで発表し、その後アジアを巡回した
*2015年のシンガポールデザインのレポート、および2016年のバックナンバーは、こちらをご覧ください。
*シンガポール政府観光局 http://www.yoursingapore.com