グラスの中の飲み物が宙に浮いているように見える、二重構造になったボダムの「ダブルウォールグラス」。手で持ったときに熱さや冷たさを感じず、冷たい物を入れた際には表面に水滴がつきにくいという機能性も兼ね備えている。2004年に発売されて以来、ロングセラー商品となり、iF賞など数々の賞に輝いた。
デザインしたのは日本人で、スイス在住のプロダクトデザイナー、山本まさと氏である。
▲ 1981年のセルフプロダクションで、磁器製ダブルウォールカップ。
2011年3月11日に起こった東日本大震災を境に、山本氏は自身の物づくりについての考え方が大きく変わったという。その翌年には、東北の地を訪れた。がれきの山を前に愕然としたそうだ。
下記は、震災後に山本氏が書いた文章をもとに、新たに取材して再構成したものだ。震災からまもなく5年を迎える。誰もがそのときに感じたであろう思いを改めて振り返るとともに、これからのものづくりについて考えてみたい。
▲ 2009年に手がけたWMFの「wings」。器の縁に掛けたり、テーブルに頭を浮かせて置くことができる。
本来のものづくりとは
プロダクトデザインの第一目的は、人の生活の不都合を助けるための道具をつくることだと考えています。しかし、本来助けるためにつくられたプロダクトは過剰に生産され、世界はゴミに溢れています。
「オーバープロダクト」の状態は、私たちの生活の不都合になっているかもしれない。私たちはこれまで、無邪気にものをつくり過ぎてしまったのかもしれません。
現在、デザイナーは新商品をつくりながら、頭の片隅でゴミをつくっているという後ろめたさを感じているのではないでしょうか。
ものの民主化
工業デザインは、産業革命がなければ生まれませんでした。それ以前の「もの」は、選ばれた持てる人のためにだけありました。大量生産は、それを誰でも享受できる「もの」にしました。「もの」は民主化されたといえるでしょう。
しかし、「もの」の民主化自体は素晴らしかったのですが、結果として私たちは「もの」を粗末に扱い、気がつけば大量の廃棄物を生み出し、地上も海も汚してしまいました。
▲ 2010年にデザインした、オーブントースター「skylight(スカイライト)」。かがみ込まなくても、立ったまま調理の具合が確認できるように上部に小窓を設けた。
ゴミ公害の原点は、土器
ゴミ公害の原点は、土器だと思うのです。素焼き程度の低温で焼かれた縄文土器でも、一万数千年前につくられたものがいまだに原型をとどめて出土します。それと比較すると、今日製造される器物は、ほとんど永遠に近い堅牢さを保っているので、何千年、何万年と残っていくことが推測されます。
直すよりも買うほうが得?
製品が故障したときに、店員から「修理するよりも新製品を買うほうがお得ですよ」と言われたことがあると思います。けれども、部品の寿命は均一でないことが少なくありません。寿命の短い1つか2つの部品が機能しなくなっただけで廃棄して、新製品を買うのです。
人は病気になったとき病院に行き、薬や手術によって体の「部品」を直してもらいますが、それと同じことがものにはなぜ通用しないのでしょう。壊れたら直して使う。それは民藝の時代までありました。
▲ 2011年にキントーでデザインした「Brim(ブリム)」。茶葉が伸び伸びと対流できることと、洗いやすさを考えて開口部を広くし、容器いっぱいの大きなステンレス製の茶こしを考案。
健康な人とものの関係
早く買って早く捨てる消費者が、大量生産・大量消費社会を支えています。日本が今の中国のような成長期にあった頃は、多くの人々が消費を美徳と考え、浪費する生活を謳歌していました。しかし、新製品を購入する喜びは、深い意味で心の豊かさにはつながらなかったと思います。
熱に浮かされたような成長期を過ぎて、経済が停滞している今、人々はようやく冷静さを取り戻して、そのことに気づき始めているように思います。近い将来、健康な人とものの壊れてしまった関係を再構築する時代が来るのではないかと考えています。
人とものがゆっくり付き合う時代へ
今後もますます人口が増加し続けていく新興国が、さらに生産と消費を加速させれば、自ずと原材料は高騰していきます。しかし、資源の枯渇が見え始めれば、生産と消費のサイクルは減速せざるを得なくなるでしょう。
見方を変えれば、人とものがゆっくり付き合う時代が来るともいえます。それがいつになるのかは、今はまだわかりません。けれども、われわれの未来がそちらに向かっていることは、多くの素材が有限である以上、疑いのない事実です。
▲ 2012年に発売されたツインバード工業の「電気ケトル」。握ったときに自然と注ぎやすいフォルムを考えた。
RE
「Re」で始まる単語をいくつか並べて環境を論じる手法をよく目にするようになりました。環境負荷の低減に配慮したことを切り口にした商品もあります。
いろいろあるReの最初には、Repair(直して長く使う)が来るべきだと思っています。本当に地球環境を憂慮するならば、Recycle(リサイクル)やReuse(リユース)のような再生よりも、買ったものをいかに長く使い続けられるか、ものの寿命を全うさせてあげることを考えるほうがはるかに理にかなっていると思うのです。
しかし、それはReduce(生産と消費の抑制)以上に産業衰退の原因を招くかもしれません。一方で、私たちは今の産業が人類社会全体の衰退の原因をつくっているということも気づき始めています。
直して長く使う
大量生産・大量消費の産業構造は、長い間、日本の、そして世界の先進工業国の社会の根幹を担ってきました。しかし、その構造は今、多くの新興国の追い上げによって変化が訪れています。
この変化の行き着く先を予測することは容易ではありませんが、ことものづくりに限って言えば、やはり「直して長く使う」以外の選択肢はないと考えています。なぜなら、それは少しも新しいことではなく、人とものが営んできた元の関係へ戻ることだからです。
産業構造の転換は、一朝一夕に動き出すものでも、完了するものでもありません。しかし、私は現在のこの社会からやがて戻って来る新しい社会へ、ものづくりの立場から橋をかけるような仕事をこれからしたいと考えています。そして、再び道具類の進化を先へ進める仕事に取りかかりたい。
今、デザイナーにとっては、ひじょうに苦しい時代です。デザイナーがきちんと優れた美的な仕事をすることも問われています。
・良い素材を使って、正直な製造を行う。
・壊れることを検証して、あらかじめ修理・部品交換を予定してデザインする。
・経年劣化ではなく、経年変化が楽しめるように意図する。
・捨てることを躊躇させるデザイン。
そういう日用品をつくりたいと考えています。
修理して長く使い続けることがカッコイイ・カワイイ時代にしたいですね。(インタビュー・文/浦川愛亜)
山本まさと/プロダクトデザイナー。1955年東京生まれ。77年武蔵野美術短期大学工芸工業デザイン学科専攻科修了。79年愛知県瀬戸市の陶磁器製造工場で自主研修。86年スウェーデンのグスタフスベルグ製陶所にゲストデザイナーとして従事。87年に帰国し、プロダクトデザイン事務所「空中工房」設立。94年スイス・ボダム社にてプロダクトデザイナーとして勤務。2007年に独立し、スイスに「studio in the air / 空中工房」を再設して、現在に至る。
空中工房 http://www.studio.intheair.ch
WMF(「wings」) http://www.wmf.com
リンベル(「skylight」)http://selectshop.ringbell.co.jp
キントー(「Brim」) http://www.kinto.co.jp
ツインバード http://www.twinbird.jp