初公開のホンダデザインスタジオで開催されたS660の写真展

東京・原宿のHonda Design Advanced Design Studio Tokyo。主に四輪車のデザイン開発をするスタジオである。当然のことながら、通常は非公開となっているクルマづくりの現場で「S660」にフォーカスしたユニークな展覧会が1月29日から2月1日まで開催された。

展覧会は二部構成。メインとなる地下スタジオでは3人の写真家による「S660」の写真展。1階ではS660の開発の様子を伝える写真パネルや、クレイモデル、内装モックアップ、カラー検討のための資料といった自動車のデザイン開発に不可欠な道具やサンプルが展示されていた。

▲ 地下スタジオでの写真展。通常は車体の実寸での検討といったカーデザインの中枢を担う場所。今回初めて公開された

▲ 1階でのS660開発の様子を伝える展示。若手デザイナーが集まり、活気あるデザイン開発の風景が印象的だ


写真展の趣向もユニークだ。3人は自動車専門ではなく広告や建築分野で活躍している気鋭の写真家。彼らがS660を被写体にスタジオや旅先で自由に写真を撮り、それらの作品を受け取ったS660のカーデザイナー3人がコメントを寄せる。言葉のやり取りはHonda Designのウェブ(http://www.honda.co.jp/design/s660/)で連載された。その間、互いに顔を合わせることはなく、写真とクルマというそれぞれの“表現”を介した対話となった。

S660のエクステリアデザインを担当した杉浦 良氏は、「自動車専門の写真家ではない着眼点、クルマに対する見方や捉え方などが新鮮でした」と感想を語った。

なかでも池田晶紀氏の作品は「一枚の写真のなかでグラフィックデザインを楽しんでいるようで面白い」と感じた。杉浦氏が「スタイリングでこだわった」という後方エンジンフードの「中央を彫刻刀でえぐったような造形」やリアコンビネーションランプの「ラインが静かに消えていくような繊細な処理」がフォーカスされ、「造形の意図が伝わっていると感じて嬉しかったです」と話す。

▲ 池田晶紀「青い丘へと道はつづく」(左)、「青い水のかたまりが」(右上)、「青い水のかたまりが」

▲「エクステリアデザインチームでワイガヤ中」(杉浦氏のコメント)


インテリアデザインを担当した稲森裕起氏は、S660の特徴であるドライバーが包まれるようなコックピットの「空間と質感」にこだわり、それを小さなスペースで表現するためミリ単位で形を詰めていったという。「軽自動車でも高級スーパーカーに負けないようなクオリティにしたいと思ってこだわりました」。

そんな稲森氏が感銘を受けた写真は、大学生の娘と一緒にS660でドライブに出かけた写真家・伊東徹也氏の作品だ。「道中が楽しくなったり、家族との会話が生まれたり、クルマを使って生活を楽しんでいる感じが伝わってきていいなと思いました。僕自身もインテリアデザインで重視しているのは空気感をつくることなので」(稲森氏)。

▲「天気は下り坂、しかしこのままオープンで帰ることにした。風が心地よい。彼女は何を考えているのだろうか」(写真家・伊東徹也氏のコメント)

▲「こんなふうにドライバーを見てもらえる空間になってほしいなと、心のどこかで思っていました」(稲森氏のコメント)

▲「シフトレバーの配置に苦労した。量産デザイン初期。シフトの位置は、この車の『命』です」(稲森氏のコメント)


S660のカラーデザインを担当した落合愛弓氏は、「カラーデザインの観点でいうと池田晶紀さんの表現は大変勉強になった」と言う。カラーデザインにおいては車体が並んだときに互いに引き立て合うようなカラーバリエーションを考えているという落合氏。池田氏の写真を見たとき、ブルーとイエローのコントラストなど「S660でつくりたかった世界観が表現されている」と共感したそうだ。一方で「S660の元気でやんちゃなイメージのコンセプトとは真逆のやわらかでアンニュイな世界観を表現した作品も素敵でした」。

▲ 池田晶紀「風になって走る」

▲ 池田晶紀「青い光を放ち」

▲ カラーサンプルを使ったデザイン検討。ボディの大きさによって色の見え方や存在感が変わるので細かい調整が必要だ


また落合氏は、在本彌生氏による小さな男の子がS660のサイドミラーを覗き込んでいる写真も「すごく好き」と話した。「S660の開発が始まった頃、子どもたちが振り返るようなクルマがいいなと思っていたので、理想が実現されたような写真です」。ほかにもS660自体があたかも旅を楽しんでいるかのような温かみに溢れる作品が多く、「みんなに愛される黄色(カーニバルイエロー)をつくりたいと思っていたので、相棒のような存在として撮ってくれたことが嬉しい」と眼を細めた。

▲「なんせこんなの初めてなもので、いろいろよく見ちゃいます。」(写真家・在本彌生氏のコメント)

▲「外の光の下で色確認!スポーツカーと並べて、色調とサイズ館のバランスを議論した。真剣だけど、見ているだけでハッピーになっちゃう・・・それが色の魅力!」(落合氏のコメント)


Hondaデザインの新たな側面が見えてくるような本展。「僕らカーデザイナーにとっては、スポーツカーに限らず実用的なクルマも“表現”なんです。常に美しいデザインを追い求めてつくっている。そんなクルマを作品のモチーフとして捉えてもらえるのは嬉しいし、これがきっかけとなって僕らのなかでも新しい視点やアプローチが生まれたと思います」(杉浦氏)。

写真家とカーデザイナーがそれぞれの“表現”に反応するかたちで行われた対話。デザインスタジオにジャンルの異なるクリエイティブが加わり、いつもとはまた異なるフレッシュな風が吹き込んだ4日間となったことだろう。(文/今村玲子)



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。