▲「yours」
デザイナーの林 洋介氏がデザインした、「yours」という1枚の紙の作品。それを見たときに、未来を予感させる新しいデザインの形だと感じた。
私がこの作品を見たのは、かなり遅く、2014年にインテリアライフスタイル展に初出展したファニチャーレーベルE&Yの展示だった。初めて発表されたのは、2010年秋に開催されたDESIGNTIDE TOKYO。E&Yによる第1回の「edition HORIZONTAL」展だ。
東京では90年代末から毎秋、さまざまなデザインイベントが行われていたが、この頃にはすでに飽和状態にあった。私も少し食傷気味になり足が遠のいて、この作品を見る機会を逃していた。そういう人も多いのではないかと思う。
林氏は言う。「当時、このコレクションラインはデザイン界でもっと事件になると思っていましたが、リアクションは期待していたほど、大きくはなかった」。
▲ 林 洋介氏
林氏が大学を卒業したのは、1999年。来たるべきミレニアムに向けて、世界中の人々が少なからず明るい未来を展望していた時期だった。デザインの世界では、ジャスパー・モリソンやロナン&エルワン・ブルレック、ドローグデザインなどが台頭し、主に欧州から若手デザイナーが数多く登場。デザイン界に新たな幕開けが感じられたときでもあった。
東京でのデザインイベントの数が急増したのもこの頃からで、そこから日本でも若手デザイナーやさまざまなデザインユニットが誕生した。林氏も、友人とともに14sdを結成した。
「当時、そういうデザインイベントに熱狂して、触発されてデザイナーになった人たちが多かったと思います。それまでのデザイナーと違って、僕たちの世代はイベントを通じて知り合いになり、横のつながりが生まれたのも特徴だと思います」と林氏は語る。
▲ 2001年に京都市上京区にオープンしたバー「Prestoopnik」
林氏が14sdとしてデザイナーデビューを飾ったのは、バーのインテリア空間「Prestoopnik(プレストプニク)」だった。
バーカウンターの一部に、中に砂鉄を入れてフロストガラスを張り、下から発光させた。そして、グラスの底にキャップのようなカバーを付け、その内部に磁石を入れた。つまり、グラスを置くと砂鉄が合わせて動き、その人がそこで過ごした時間の経過が痕跡となって表れる仕掛けになっている。これは2001年の日本商環境デザイン協会が主催するJCD賞で大賞を受賞した。
▲ 2011年にオープンした「OMOTESANDO KOFFEE」。建物の建て替えにより惜しまれながら、2015年12月30日で閉店となる
人が介在して初めてそのものが生きるという考えは、その後の「yours」の作品へとつながっているようにも思える。
「yours」は、本連載の第6回で話を伺ったE&Yの代表、松澤 剛氏が編集・プロデュースを行う「edition HORIZONTAL」のコレクションラインの1つだ。そのテーマには、現代のデザインに対するアンチテーゼのような思いから、機能を持たないものをつくることがある。
「yours」は何もしなければただの紙であり、機能を持たない。「Prestoopnik」と同様に、使い手がアクションを起こすことによって、初めてその作品が生きるものだ。
▲「yours」
落ち葉に絵の具を付けてスタンプをしたり、文字や絵を描いたり、切り取ってカードにして誰かに送ったり。
端をちぎって火を点けると、ゆっくりと燃えていき、辺りに甘くやさしい香りが立ち込めてくる。実はこの紙にはベンゾインという、エゴノキ科の樹脂が含浸されている。ベンゾインは安息香という和名の通り、緊張を和らげ、心にぬくもりと安らぎをもたらす。
燃えていく様を見つめながら、香りを楽しんだり、絵や文字を描いたり。使い手の時間や価値が作品に重なることで、その人だけのものになる。そういう意味を込めて「yours」と名付けたという。
▲ 吉田カバンの直営店舗「クラチカ ヨシダ」のフラッグシップショップ「KURACHIKA YOSHIDA 表参道」。インテリアやショップツールのデザインも手がけた
「edition HORIZONTAL」の作品をつくるにあたって、松澤氏はクリエイターにまず自らを一度、丸裸にして、すべてをさらけ出して、深く、深く潜っていき、奥底にあるものを引っ張り上げてくることを求めるそうだ。それは、自身の中にある最も純度の高い部分。それをもとに、つくるものをともに考えて編集し、制作していく。
林氏は、その自分の中の最も純度の高い部分を引っ張り上げるまでに悩み苦しみ、2年もの歳月がかかったという。そして、なくなっていくものをつくりたいという思いに至った。
「毎年のように新作が店頭に並び、流行っているから、メディアで薦めているからと買い求める。それが繰り返し行われています。自分が受け手の立場になって考えてみたときに疑問を感じました。そこでものが溢れる今、紙のように燃えてなくなるものであれば、逆説的にものを所有することや、ものと人との結びつきについて、小さな問いを投げかけることができると思ったのです。誰かの声ではなく、その人の持つ時間や感じ方に価値を与えられるような、そんな架け橋となるようなものをつくりたいと思いました」。
▲ E&Yから2012年に発表された家具「HERE」。柱や梁の構造材として使われるビーム材のエッジを際立たせてデザインしたベンチ
「edition HORIZONTAL」展は、2015年秋に海外初となるロンドンのデザインミュージアムで、新作を含めて過去の作品も発表された。その会場では、それぞれの作品の前に数人が集まると、たちまち議論が巻き起こったそうだ。日本での展示では、あまりそういう風景を見たことがないように思う。
「例えば美術館で絵を見るように、デザインの作品を見るときにも、自分が欲しいか欲しくないか、買えるか買えないか、好き嫌いという以外の意見や感想、ものの見方がもっと多様に生まれてほしい」と、林氏は言う。ただ鑑賞するのでなく、自分の思いや考えを語る。第6回の本連載の中でも、松澤氏がデザインにおいて議論することの大切さを語っていた。
今、ネット上での情報の氾濫もあり、ものの価値やデザインの本質がますますわからなくなってきているような危機感をも感じる。その中で純粋にデザインに向き合ったこれらの作品から見えてくること、得られることが大いにあると思う。現在、この「edition HORIZONTAL」の新作展が東京で開かれ、20日にはトークイベントも行われるので、ぜひ足を運んでみてほしい。(インタビュー・文/浦川愛亜)
◎「edition HORIZONTAL」の新作展が、東京・六本木のアクシスギャラリーで20日(日)まで開催中です。現コレクション約70点の中から代表作の展示や映像をはじめ、ファニチャーラインの新作と、2010年に新たなコレクションラインとしてスタートした「edition HORIZONTAL multiple collection line」の新作を展示しています。
◎関連トークイベント「Design Matters」
日 時:12月20日(日)16:00~18:00(予定)
問い合わせ:03-5575-8655(アクシスギャラリー、会期中)
詳 細:https://www.facebook.com/axisgallery.tokyo/
◎林氏の関わる主なプロジェクト
14sd http://www.14sd.com
edition HORIZONTAL http://www.eandy.com/horizontal/
林 洋介/デザイナー。1976年京都生まれ。2001年に14sdを設立。インテリアデザイン、会場構成、グラフィックデザイン、プロダクトデザインなど、さまざまな分野のデザインを手がける。何気ない日常から生まれる感覚を大切にし、新鮮な補助線を引くような新しいデザインのあり方を発信し続けている。