第9回
「ジャスパー・モリソン の照明 GLO-BALLとボルドーワイン Ormiale」

イタリアの照明メーカー、フロスのロングセラー「GLO-BALL」。照明に詳しくない人でも目にしたことがあるのではないでしょうか。デザイナー、ジャスパー・モリソンによるこの照明器具はどんな空間においても主張しすぎない独特の個性があります。たった今空間に置いても、ずっと前からそこにあったかのように限りなく環境に溶け込むデザインです。

モリソンの近著『A book of Things』でも紹介された、彼が共同経営者のひとりでもあるワイナリーのボルドーワイン「Ormiale」を、国内で初めて「たにたや」で提供しました。今回はモリソン本人へインタビューし、GLO-BALLの魅力やワインづくりとデザインとの共通点などを探ってみました。

照明のレイアウトを考えるとき、一般的には部屋の真ん中に全体を照らす機能のものを取り付けるのが、日本の家庭での平均的なプランだと思います。しかし、照明のプロなら、均一に隅々まで明るさが回るよりも、必要なところとそうでないところの明るさの対比によって、空間に立体感を持たせようとタスクアンドアンビエントな提案をするでしょう。GLO-BALLは限りなく柔らかい陰影を醸し出すアンビエント照明。モリソンはGLO-BALLの魅力について次のように語ってくれました。「GLO-BALLは光の質が柔らく、陰影を強調するものではありません。その空間にあるあだけで、柔らかい陰をつくり出すのがの特徴です」。

GLO-BALLが発売以来17年もベストセラーなのは、モリソンのデザインの基本理念である「良い製品とは、何年経っても使い続けてもらえるような、謙虚で静かな、そして暮らしの中で便利な道具であるべき」をそのまま形にしているからでしょう。『A book of Thing』のGLO-BALLについての記述にも、同じ空間にある別のオブジェクトの存在がかすむような圧迫感がないと記されています。GLO-BALLの開発には約5年を費やし、そこには「光の質」の追求がありました。光源は白熱光源。フロスから発表されたモリソンの最新照明 「Superloon」はLED光源ですが、光源に対する彼の考えを聞きました。

「照明ごとに光源の種類は異なるべきだと思います。私はどちらかと言うとあたたかい光が好きですが、日本の一般家庭で見られる蛍光灯は好みではありません。日本の家庭の90%はサングラスを必要とするくらい明るすぎる。現代では照明のLED化が進む必要があります。特に欧州ではエネルギー保全に関する高い基準が存在しますから、多くの白熱灯系照明はもう使うことさえ許されていません。LEDはとても重要な存在になってきています。しかし、今のところLEDの光の質は白熱灯のそれと比べて良くはない。色温度だけでなく、光の質のことを言っています。あたたかい感じのLEDも出てきていますが、白熱灯のようには良くはない。これにはもう少し時間が掛かるでしょうね」。

照明のプロフェッショナルにとって当たり前である基本的なことに対して、モリソンも同じ考えを持っているようです。GLO-BALLから均一に光を拡散させること、そして楕円形のガラスグローブだけが空間に浮かんでいるように見えるディティールのデザインには、とてもこだわりを感じます。光源をLED化することをフロスが提案しましたが、モリソンは同意しなかったそうです。

さまざまな状況で効果的に使えるように、GLO-BALLはバリエーションが増え、さらに人気が高まっています。

そして、ボルドーワイン「Ormiale」。ワインづくりとデザインの共通点について聞いてみました。

「デザインと同じ考え方でワインをつくることはできると思います。つまり、複雑なことを取り除いたシンプルなワインづくり。化学肥料のような ”ごまかし” は使わない。デザインをするとき、素晴らしいディティールをつくり出そうとします。例えば2つのピースが完璧なかたちでつなぎ合わさっている様子は、それだけでとても心地良いものです。ワインを飲むときも同じです。そういう組み合わせの質の高さが素晴らしい味わいにつながるのです」。

Ormialeはモリソンの旧友でアーティストのファブリース・ドメルクとともに、ドメルクが所有するブドウ畑で2007年から本格的にワインの醸造をスタートしました。最初は主にメルロー種をつくり、その後カベルネ・ソーヴィニヨン種とブレンド、いわゆるボルドーワインの醸造手法、アッサンブラージュによってワイナリーの個性を出していきました。モリソンの言う、デザインにおいて2つのピースをつなぎ合わせて素晴らしいディティールが生まれるいうところにワインづくりにつながるスピリットを感じます。Ormialeの亜硫酸塩(輸入ワインなどに添加される酸化防止剤)の量はボルドーの平均の半分で、畑では除草剤も使わず、本物のものづくりを目指しています。それによって柔らかい 渋みと深みが生まれます。2014年からは、彼らの友人であるデザイナー、マーク・ニューソンがメンバーに加わりました。

照明とワイン、どちらも質の高いものづくりへの共通の想いがあるのです。(文/谷田宏江、ライティングエディター)

協力 : 日本フロス株式会社Ormiale
インタビュー協力 : 神田宗俊 (マルニ木工)