REPORT | 展覧会
2015.11.13 11:31
その歴史は紀元前6000年(新石器時代)に始まるとされ、現在も世界中の人々に親しまれているワイン。上野・国立科学博物館でワインの魅力と歴史をひも解く「ワイン展」が開催中だ。
▲ 第1部ではブドウ栽培から始まるワインづくりの工程が紹介される
会場は三部構成で、1)原料となるブドウを育てて収穫してからワインとなるまでの工程、2)西アジア・南コーカサス地方が起源とされるワインづくりの歴史と伝播、3)色や香り、グラスといった側面からワインを楽しむ方法、といった視点からワインを掘り下げている。
▲ ブドウの粒を梗(こう:枝の堅い部分)から外して潰す(=除梗)過程を紹介する映像と、かつて使われていた手動の道具
▲ 発酵中の液の濃度を均一にするために櫂でかき混ぜる「ピジャージュ」を体験できる装置。かなりの重労働だとわかる
▲ ワインの種類によって異なる熟成や保存に適した形状のボトル
▲ 第2部では西アジアから世界中へと伝播していったワインの歴史を紹介
▲ 前1千年世紀に西アジアを支配する王朝の貴族が使用していた酒器「リュトン」。青銅や銀でできており、動物をかたどったものが主流
■困難を乗り越えて生まれた日本ワイン
ヨーロッパのワイン伝統国にはまだ遠く及ばないものの、日本でもワインを楽しむ文化は定着している。特にポリフェノール成分の注目による90年代の赤ワインブーム以降の消費量は増加の一途をたどり、近年は低価格輸入ワイン市場の拡大による「第7次ワインブーム」とも呼ばれる。生産面においても、日本で収穫されたブドウでつくった「日本ワイン」の評価が高まり、醸造量や売上も増加傾向だ。
8000年というワイン史のなかで、日本のワインづくりの歴史はまだ140年程度。ブドウ栽培の記録は古くからあるものの、日本でワインづくりが本格化したのは、明治政府が殖産興業の一環としてワイン用のブドウを輸入して各地に配布したことがきっかけだ。
東京国立博物館 理工学研究部 科学技術史グループの沓名貴彦(くつな たかひこ)研究員によると、「岩倉使節団が欧州を外遊して万国博覧会などを視察するなかで、ワインが輸出品として大きな外貨を稼いでいることに着目。日本でもブドウを育ててワインを輸出できるのではないかと考えた」と言う。兵庫県に国営の「播州葡萄園」(1880年)を設立してワイン醸造を始めるが、害虫フィロキセラによって失敗してしまう。その後も国策として北海道や山梨の勧業試験場で挑戦するがいずれも頓挫した。
▲ 江戸時代に長崎からオランダへ輸出されたワイン用の酒器。南蛮貿易によってキリスト教が伝わった際、洗礼や大名への献上品の1つとしてワインが伝わったと考えられている
国が手を引いた後は、民間が乗り出した。江戸時代から生食用ブドウの産地として評判の高かった山梨では、土屋龍憲と高野正誠というふたりの若者がフランス留学で学んだ技術を生かし、ワイン醸造を始めた。しかし、品質や販路開拓などがうまくいかず5年ほどで中止に。その理由は諸説あるようだが、「品質に関しては土屋の生家が日本酒の酒蔵だったため、家付き酵母がワインに影響したのではないかという話もある」(沓名研究員)。当時は酵母の研究も進んでおらず、彼らが技術を学んだフランスと日本では栽培条件(テロワール)も異なるため挑戦は困難を極めたに違いない。
土屋は、同じくワイン醸造に力を注いでいた宮崎光太郎とともに再びワインづくりに取り組み、その歴史は現在のメルシャンに引き継がれている。本展ではほかにも日本ワインにとって欠かせない品種「マスカット・ベーリーA」の生みの親である川上善兵衛や、甘味葡萄酒をヒットさせた神谷伝兵衛など、さまざまなアプローチで日本のワイン市場を開拓していった人々の功績が紹介されている。
さて、まもなく今年の新酒(ボジョレー・ヌーボー)も解禁となり、ワインの美味しい季節がやってくる。世界各地に広がっていった歴史的背景やワインづくりに人生をかけた先駆者たちの挑戦に思いを馳せれば、「奇跡の雫」もますます味わい深く、奥深く感じられるのではないだろうか。(文・写真/今村玲子)
▲ 土屋龍憲による1年半に及ぶフランス留学での実習記録
▲ 高野正誠が醸造したワイン。蜜蠟で封されている
▲ 黎明期に日本各地で製造されたワインの数々
ワイン展 ―ブドウから生まれた奇跡―
会 期:2015年10月31日(土)~2016年2月21日(日)
会 場:国立科学博物館
開館時間:9:00~17:00(金曜日は20:00まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)、12月28日(月)~1月1日(金)
※ただし1月4日(月)は開館
詳 細:http://wine-exhibition.com
今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。