▲ 京都の昇苑くみひもの「くみひも」。西陣で染め上げたシルクを用いた組紐を1つの素材として商品にした。
MUTEの作品を初めて見たのは、2013年に開催されたリビングデザインセンターOZONEでの初個展「REASON」だった。
気負いがなく、素直でさりげない。ひとつひとつの物に対して真摯に向き合って考える姿勢。ハーモニーを奏でる、洗練された色彩感覚も魅力的だ。そして、どこかヨーロッパの風をまとっているように感じられた。
MUTEは、1983年生まれのイトウケンジ氏と1981年生まれのウミノタカヒロ氏が、2008年に結成したデザインユニット。
▲ 事務所にて。イトウ氏(右)とウミノ氏。
イトウ氏の実家は、建具屋を営んでいる。家に併設された作業場で職人が働く環境のなかで過ごし、小さい頃からものづくりが身近なものだった。現在のように手を動かして物をつくるのが好きなのも、この幼少期の環境が大きく影響していると感じるという。高校を卒業した後は、グラフィックや空間のデザインを学ぶ美術系の短大に入学。その後、デザイン事務所の就職口を探しながら、展示やイベント空間の施工のアルバイトをしていた。
ウミノ氏の父親は、インハウスのプロダクトデザイナーだった。家でもスケッチを描いたり、モックを削ったりしていて、仕事のことで一度も愚痴を言うのを聞いたことがなく、いつも楽しそうだったという。そんな父親の姿を子どもの頃から見てきたウミノ氏もまた、物づくりへの興味が自然に湧き上がり、4年制大学の建築学科に入学した。
ふたりは大学にいた頃、デザインの分野のなかにプロダクトデザイナーという仕事があることを知らなかったという。その2000年代初頭には、毎年秋に東京の街中の至るところで東京デザイナーズウィークや東京デザイナーズブロックといった、さまざまなイベントが行われていた。イトウ氏はそれらを見て大いに刺激を受け、一方のウミノ氏は友人と北欧の旅をするなかでアルヴァ・アアルトの家具に魅せられていた。
それがふたりにとってプロダクトデザインに初めて触れる機会となり、そこから改めてデザインを学び直そうと、桑沢デザイン研究所夜間部に入学。そこで出会う。
▲ デビュー作は、傘をかけるという発想のアンブレラスタンド「TILL(ティル)」。カギなどの小物を載せられる天板も付けた。
在学中から互いの感性が近いと感じていたふたりは、ともに乃村工藝社で経験を積んだ後、デザインユニットを結成しようという思いに至る。2008年にMUTEを結成すると、翌年のデザインイベント「DESIGNTIDE TOKYO」に初めて作品を出展した。
「これから自分たちがどういう仕事をしていくか、指針となる物を考えました」とウミノ氏。イトウ氏は、「複雑で込み入ったものではなく、シンプルな物をつくりたい」と思ったという。「長く生活のなかに残っている物を見ると、ごく単純で簡素な物が多い。その物の名称を聞いたときにぱっと思い浮かぶその原形ともいえる形や、必要な機能を素直に形に落とした物。けれども、デザインする過程で他の商品を意識したり、表層的な個性をつけたりすることで、だんだんと形や物の本質が歪んでいってしまうこともあると思います。僕らは必要な要素と素直に向き合った物をつくりたいと思っています」。
そして、生活のなかで使う身近な物、機構が難しくないもの、どこにでもある素材を採用した、写真のスチール製のアンブレラスタンド「TILL(ティル)」をはじめ、マガジンスタンド「perch(ペルカ)」やLED照明「Apollo(アポロ)」の3作品を製作した。
▲「Tartan(タータン)」。重ね合わせると、タータンチェックの模様が浮かび上がる。これらはまだプロトタイプで、イトウ氏が自らの手で製作したもの。
その2年後、2011年のDESIGNTIDE TOKYOには、「Tartan(タータン)」を発表。世界中どこにでもあるワイヤー製バスケット、誰もが知っているタータンチェック柄、色はプラスチック製の玩具や日用品、地方の古い電車などをもとにデザインを考えた。
イトウ氏は言う。「昔どこかで見たことがあるような気がする。そういう要素が物のなかにあると、懐かしさが込み上げてきたり、愛着が湧いたり、何となく心が引かれて手に取ってみたくなる。生活のなかでそれを使うことが想像しやすくなると思うのです。デザインを考えるときは、今まで見たことのないような物をゼロから新しくつくるというのではなく、多くの人が触れてきたものを取り入れるようにしています」。
▲ 木目の豊かな表情と「素」の美しさを生かした「soji(素地)」シリーズ。ほかにキャニスターやシュガーポット、湯飲みセットのシリーズもある。
普段使いの器シリーズ「soji(素地)」も、重ねた形状や淡く優しい色彩からこけしやだるま落とし、積み木などを想起するかもしれない。これもどこか懐かしさが感じられるとともに、現代の暮らしに溶け込むナチュラルさを併せ持つ。
このシリーズは450年の歴史を誇る石川県山中温泉にある畑漆器店とともに、山中漆器という伝統工芸に取り組んだもの。商品企画からパッケージのグラフィック、印刷物、ロゴなど、一連の製品開発に携わる初めての経験となった。
工場を訪れた際にふたりの目に止まったのは、漆をかける前のたくさんの白木の器だった。ウミノ氏は「それがとても美しく印象的だったので、それを生かしたいと思いました」と語る。山中漆器は、ろくろ引きによる木地づくりの高い技術によって栄えた産地。そこであえて漆を塗らずに、その産地のいちばんの魅力である木地と技術を見せるという大胆な発想でデザインを考えた。そして、和洋どちらの空間にも合い、若い人にも手に取ってもらえるように、一部に差し色を入れてモダンな雰囲気も添えた。
こうした伝統工芸のプロジェクトでは、ともすれば歴史の重みに負けてしまい、色や形を考えただけの表層的なデザインになってしまうこともある。だが、イトウ氏は「伝統工芸品を未来に受け継いでいく、伝承することは大事なことです。けれども、産地の技術や素材を使って革新を起こしていく伝統は別のこと。伝承と伝統を混同しないように留意しました」と語る。
▲ コラージュ作家の大野彩芽氏(写真)とのコラボレーションした「MONOPURI / PANAMA」。屋外広告に使われているターポリンメッシュの素材を用いて、バッグやポーチを製作。
「物の背景にある、はっきりとは掴みきれない曖昧な空気を、曖昧なままにしっかりと掴みながら、生活に溶け込むものを考えることをテーマに活動しています」。これはMUTEが結成してまもなく、語っていたデザインコンセプトだ。それについて、イトウ氏はこう解説する。
「何か1つのことを無理にはっきりわかりやすく伝えようとして整理していくと、いろいろなものがボロボロとはがれ落ちてしまうのを感じます。先ほど言ったように何となく心が引かれるとか、何となくきれいだなと思う。物にはそういう理屈で片付けられない部分があって、そこにデザインの本質があると思っています。ですから、いつもその部分をできる限り削ぎ落とさないように残したいと考えています」。
そして、豊かな色彩については、日本の生活道具や玩具の色などのほかに、「海外の人が撮影した写真の色」もイメージしているという。それは「実際に目で見ている風景の色ではなく、頭の裏側のほうから思い出した映像のような色」に見えるそうだ。そんな情感を伴ったような色によって、ヨーロッパの風をまとっているように感じられたのかもしれない。
▲ 2014年池袋にオープンした、スペシャルティコーヒーを提供するコーヒーショップ「COFFEE VALLEY(コーヒーヴァレー)」のロゴや販促物など、グラフィックデザイン一式を手がけた。
手がける製品や活動の幅もますます広がってきている。11月のインテリアライフスタイル展には、「Tartan」のスタディ2を発表する予定とのこと。今後の活躍も楽しみにしたい。(インタビュー・文/浦川愛亜)
MUTE/デザインユニット。イトウケンジは、 1983年島根県生まれ。2003年横浜美術短期大学(現 横浜美術大学)卒業。ウミノタカヒロは、1981年東京都生まれ。2004年千葉工業大学工学部建築学科卒業。その後、ともに2005年桑沢デザイン研究所入学。卒業後、乃村工藝社を経て、2008年MUTEを結成。プロダクト、スペース、グラフィックデザインと幅広い分野において企画、ディレクション、デザインまでトータルに手がける。http://www.mu-te.com
<MUTEの名前の由来>
MUTEとは、音楽用語では音を消したり、弱めたりする奏法をいう。プロダクトをMUTEすると(その物自体の存在感を消したり、弱めたりする)、周りを引き立て、全体にリズムが生み出される。そして、周りの環境に溶け込んで普段、強く意識することはないが、いざその存在を失ったときには生活のバランスが崩れてしまう。それはそこにないようで、ある物。暮らしのなかで、永く愛着の持てる物。そういう物を生み出したいと考え、ユニット名にMUTEと付けたという。
<MUTEのプロジェクト>
くみひも http://kumihimonoiro.com
soji https://www.hatashikki.jp/soji.htm
MONOPURI / PANAMA http://monopuri.jp/products/panama/
COFFEE VALLEY http://coffeevalley.tumblr.com
After school hanger http://newsed.jp/products/products006/
tempo / circle waltz http://www.t-e-m-p-o.com/circle-waltz.html