アイデアをいかに実現するのか、建築家が見る“巨匠”の仕事ーー
「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”」

自由で躍動的、人々が驚くような建築を数多く生み出してきた巨匠、フランク・ゲーリー氏のアイデアに着目する展覧会「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”」が21_21 DESIGN SIGHTで始まった。


▲ 今回、展覧会のディレクションを担当したのは建築家の田根 剛氏。近年世界的に活躍の場を広げる建築事務所DGT.の主宰者でもある。田根氏は2013年12月に行われたフランク・ゲーリー氏へのインタビューをはじめとするリサーチ、展覧会のコンセプトや会場構成、展示手法や模型のセレクトまで全面的に関わった。

▲ 田根氏が「まずゲーリー建築の最新作に向き合ってもらいたい」とエントランスに置いた「ルイ・ヴィトン財団」(フランス・パリ、2014年)の50分の1模型。この作品については、エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中の展覧会「フランク・ゲーリー/Frank Gehry パリ・フォンダシオン ルイ・ヴィトン 建築展」(2016年1月31日まで)でも紹介されている。

▲ 地階のホールでは、映像作家・遠藤 豊氏(LUFTZUG)の撮り下ろしによる「ゲーリーのマスターピース」(ビルバオ・グッゲンハイム美術館、ウォルト・ディズニー・コンサートホール、ルイ・ヴィトン財団)の映像が空間を取り囲むように投影されている。「ゲーリー建築のスケール感、ダイナミズム、緊張感、そして居心地のよさを体験できるような空間にしたかった」と遠藤氏。


▲ ギャラリー1「ゲーリー・ルーム」。同氏のオフィスに置かれていたさまざまなオブジェや素材のかたまり、写真、絵画、書籍などを展示。「休日にはセイリングを楽しみ、好奇心旺盛に今を生きる一個人」(田根氏)としてのゲーリー氏の姿に触れることができる。


86歳の巨匠建築家との対話のなかで、展覧会をディレクションした建築家・田根 剛氏はいったい何に着目したのか。初めてゲーリー氏と対面したときに手渡された「マニフェスト」の冒頭、「まずアイデアが浮かぶ。ばかげているけど気に入る。」という一文に惹き付けられ、「アイデア」に焦点を当てて展覧会を組み立てることにしたという。

メインとなるギャラリー2では大きく5つの“島”が配置され、田根氏が選んだ“ゲーリーのマスターピース”ほか5件の設計プロセスを詳しく紹介。各島にはスタディに使用した模型が時系列で並び、積み木を置いただけのアイデアが、さまざまな条件を反映させながら実現可能な建築へと進化していく過程が感じられる。

▲ ギャラリー2では、最新作を含めた5つのプロジェクトの建設プロセスが紹介されている。「UTS(シドニー工科大学) ドクター・チャウ・チャク・ウィング棟」(オーストラリア・シドニー、2009年)の制作プロセス。

▲「ル・ルボ脳研究所」(アメリカ・ラスベガス、2005年)のためのスタディ。初めのアイデアは積み木のようなブロックで表される。


ゲーリー氏は、2次元(図面)をほとんど見ないと言われ、3次元(模型)から3次元(実物)の間を行き来しながらアイデアを進化させていくという。エンジニアなど多くの関係者がそのプロセスを共有できるように発明された「ゲーリー・テクノロジー」という設計システムが、開発者からのヒアリングを含め、世界で初めて事細かく紹介されている。このシステムは、ゲーリー氏の頭にあるアイデアから竣工に至るまで、建築の構造や部材、人件費、輸送費、敷地の環境、気候の変動といったあらゆる要素を一括管理するもので、約350のソフトウエアから成る。

建築が複雑であればあるほど、部材の種類や数が増え、施工や輸送にかかる費用が膨らむ。地価の高い地域であればなおさらだ。このシステムではまず、ゲーリー氏のアイデアを具現化した模型を3Dモデリングによってデジタルに置き換え、必要な部材の数と費用を即座に割り出す。予算を超えるようなら、材料の種類を変えてシミュレーションしなおす。例えば、外壁に約1万枚の金属パネルを使う「エイト・スプルース・ストリート」のプロジェクトでは、このシミュレーションを重ねることで予算をクリア。施工が始まった後も、パネル1枚ごとにIDを振り、納品スケジュールや工場でのプレファブリケーション時にミスが生じないように進捗を管理した。これによりコストの無駄を大幅に抑えることができたという。

▲「エイト・スプルース・ストリート」(アメリカ・ニューヨーク、2011年)。


このように「アイデアを実現するために何をするのか」という、つくり手ならではの率直な問いとその答えが展示に反映されているところが本展の特徴だ。来場者は建築家である田根氏の視点を借りながら、ゲーリー建築が生まれるプロセスに近づくことができるだろう。

ところでゲーリー氏は自身の作品を「建物(building)」と呼び、建築史や建築論に見られる「建築(architecture)」とは明確に使い分けている。田根氏がその理由を問うと、「私がつくるものは歴史家がカテゴライズする建築とは違うんだ」という答え。強い印象の外観とは裏腹に、「実は内側から設計する」という意外な秘密も明かされる。ゲーリー邸に招かれた田根氏が、「見た目にとらわれることなく、その内側にこそ訪れた人を安心させる温かさがある」と感じたように、それはほかのプロジェクトにも当てはまるようだ。

▲ 安い材料を使って住みながらさまざまな要素を加えていったというゲーリー自邸の模型。DGT.が本展のために制作。

▲「Facebook本社 西キャンパス」(2012年)の模型写真。


「終戦直後に調査で訪れた日本で目の当たりにした寺社や数寄屋造りの建築から受けた影響は大きい」と話すゲーリー氏。学生時代には日本美術や文学、陶芸など日本文化を熱心に学び、日本人の師に雅楽を習っていたほどの親日家でもある。そんな同氏の語りや展示に散見される「人間性(humanity)」という言葉が印象的だ。「建築や美術を見ても、それぞれの国にそれぞれの人間性、遺産というものがある。だからといって単純に過去を模倣すればよいというわけではない。私の場合は“建物”をつくることを通じて、現代にふさわしい人間性を探し求めていきたい」。建築に限らずあらゆる創造活動に携わる人にとって、心に響くエッセンスが見出せそうな展覧会だ。(文・写真/今村玲子)

▲ 記者会見のゲーリー氏。最近は、慈善事業にも取り組んでおり、さまざまな事情で半数の児童が小学校を卒業できないというカリフォルニアでアートの授業を届けるプログラム「ターンアラウンドスクール」を成功させている。



21_21 DESIGN SIGHT企画展「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”」

会 期:2015年10月16日(金)〜2016年2月7日(日)

休館日:火曜日(11月3日は開館)、年末年始(12月27日〜1月3日)

開館時間:10:00〜19:00(入場は18:30まで)

詳 細:http://www.2121designsight.jp/program/frank_gehry/



今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。