第6回
「E&Y 松澤 剛のデザインエディションによって生み出されるコレクション」

▲ 森 美穂子氏の「blue」。http://www.editionhorizontal.com/c_blue.html

水と空気をたっぷり含んだ、海の波のような美しい青色の布。見ているだけで癒され、気持ちのいい感覚に包まれる。

「blue」と名づけられたこの布は、森 美穂子氏の作品だ。繭から繰り取って精練されていない状態の、ピンと張った生糸。それを青色にさまざま濃度を変えて染色し、グラデーションに色彩が変化するように筒状に編み込んでいる。濃い色の部分が重なると深海のような色に、薄い色が重なり合うと透明度の高い水面のように見える。

これはストールをつくることを目指したものではない。「空気をはらんだ、水のような気持ちのいいものを」という、森氏の思いを具現化したものだ。もちろん体にまとってもいいし、ソファの上に置いておくだけでも空間を彩るものになる。

▲ 林 洋介氏の「yours」。白紙のまま飾っても、絵を描いても、カードサイズに切り取って人に贈ってもいい。ちぎって燃やせば、芳香を楽しむこともできる。http://www.editionhorizontal.com/c_yours.html

その青色の布は、ファニチャーレーベルE&Yの代表、松澤 剛氏が企画・プロデュースを行う「edition HORIZONTAL マルチプル・コレクションライン」の1つである。1点物のアートではなく、マルチプル。つまり、量産の作品であり、E&Yで販売するコレクションだ。

使う人の行為によって多様に変化し、その物の意味を問いかけてくる。それらを初めて見たときに、デザイン界に新しい風が吹いたのを感じた。

▲ E&Yのショールームにて。松澤氏の前に置かれているテーブル「ハンモック」も2009年にエディションしたもの。
二俣公一氏のデザイン。

ファニチャーレーベルという言葉は、日本ではあまり知られていない。エディター(編集者)がデザイナーと組んでエディション(編集)を行って、オリジナルの家具を製作し販売する会社のことをいう。

ヨーロッパには、そうしたメーカーが数多くあり、デザインエディターの存在も認知されている。イタリアではカッペリーニのジュリオ・カッペリーニ、オランダではドローグデザインのハイス・バッカーなど。彼らは無名の若いデザイナーの才能をいち早く見つけて開花させ、数多くの名作を世に送り出してきた。

「僕らの仕事は、今、この時代に闘っているデザイナーの才能を見出し、彼らが持つ最も純度の高いものを引き出して、さらに高い次元へと昇華させること。それが編集であって、僕らを経由する意味と価値を持つ。そして、同時に今という時代を切り取ることでもあります」と語る松澤氏は、若い才能を発掘するためにライフワークのように日々、国内外の展示会や大学の卒業制作展などにも足を運んでいるという。

▲『AXIS』誌の表紙も飾ったリチャード・ハッテンが2000年にデザインした「セクシーリラクシー」。

E&Yは1985年に中牟田洋一氏が創業した会社で、1994年にファーストコレクションを発表し、その後、ファニチャーレーベルとしてさまざまな作品を生み出してきた。トム・ディクソンやマイケル・ヤング、リチャード・ハッテンなど。それまで日本のインテリアショップは、海外メーカーの家具の輸入販売代理店が主流だったなかで、日本発のオリジナル作品を生み出すE&Yは異彩を放つ存在だった。

松澤氏はまだ学生だった頃に、E&Yのショップショールームを訪れて衝撃を受けたという。「こんなアバンギャルドなコンテンポラリーデザインを扱う会社が日本にもあるのだと知って、驚きました」。この会社で働きたいと思ったが、その後、門戸を叩いて入社したのは、少し後の1999年のことだ。

松澤氏は、この業界に入って中牟田氏に大きく影響を受けたという。「広い視野で、いろいろな物を見る目を持っている方です。それまで見たことのなかった景色をたくさん見させてもらいました」。

▲ 松澤氏が2004年にデザインエディションを手がけはじめたコレクション「TRANSITION」の展示風景。デザイナーはアレクサンダー・テイラーなど6名。

2003年頃から松澤氏はE&Yのなかで唯一、デザインエディションの仕事を一部、任されるようになる。2007年には、中牟田氏に代わって代表取締役に就任。デザインイベント「DESIGNTIDE TOKYO」のアドバイザリーボードメンバーも引き継ぎ、2008年、新たな運営の組織をつくった。

だが、そのイベントは規模が大きくなるにつれて主旨が曖昧になってきたこと、2010年頃から次第に海外のジャーナリストが足を運ばなくなってきたことを松澤氏は懸念していた。その要因の1つとして、日本のデザインはデザイン先進国といわれるヨーロッパに追随する傾向が見られ、独自性という点でまだ十分に確立されていなかったことも挙げられた。その課題を踏まえて、規模を縮小して自分たちで海外に作品を持って行き、発表することを考えた。

そして、2013年にSOUP DESIGNの尾原史和氏とmethodの山田 遊氏とともに立ち上げたのが、海外での展開も視野に入れた展覧会形式のデザインイベント「SHOWCASE」である。

▲「SHOWCASE」の会場風景。2014年は日本、スイス、台湾の3カ国のデザインエディターと共同で出展者を選定し、展示を行った。

一方、E&Yでは2010年から新たなコレクションラインをスタートさせた。それが「edition HORIZONTAL マルチプル・コレクションライン」だ。これは松澤氏がこれまで胸の内に感じてきたこと、例えば、現在の物の生み出され方や消化のされ方に対して、あるいはデザイナーの表現の種類、家具や工業製品のメーカーのあり方、同時に自社についても改めて見つめ直すもので、それらに対するアンチテーゼでもあるという。

このコレクションでは、家具はつくらない。デザインに不可欠とされる機能を前提としない物をつくる。デザイナーには「血のような、脳みそのような、自分の思考や表現にとって、いちばん核となるものを考えてほしい」と投げかけ、何度も対話を重ねてともに深く潜っていき、それを見つけ出していく。繊維や紙など、家具以外の知識や技術を要する場合は、専門家や研究者を訪ねて生産への可能性を探ることもあるそうだ。

「時々、肩がぶっ壊れそうになるんですよ」と笑う松澤氏。「デザイナーとは近距離で手の内を見せて、しっかりとキャッチボールをし、同時に作品とコレクションの定義のようなものを社会に対して遠投します。投げ方も投げる相手も違いますし。でも、そもそも批評されるには投げ続けるしかないですから」。

▲ E&Yコレクション、スズキユウリ氏の「チューブマップラジオ」。ロンドンの地下鉄マップにイスパイアされた作品。

松澤氏は2005年頃から、日本人デザイナーの発掘やエディションに意識的に力を注いできた。それにより、徐々に日本人デザイナーの製品もコレクションに加わり始めている。

「情報収集が容易になったことや、海外留学などでさまざまな文化に触れて、自分の起源を改めて見つめ直し、いろいろな物を吸収・消化して育った若い人たちが増えてきています。今という時代を敏感に捉え、そして異文化が混ざり合わさったような、ハイブリッドな面白い感覚を持ったデザイナーがこれから出てきそうな気がしています」。9月に発表される「edition HORIZONTAL」の新しいコレクションにも日本人が数人、参加しているそうだ。

松澤氏はそういう展示やコレクションを「ただ表層的に見て好き嫌いで終わらせずに、批評してほしい。見るということは解釈をすることが大事で、それが対峙する相手への礼儀です。どんなことでもいいですから」と言う。その批評から議論が生まれることで、次のクリエイションにつながっていく。それがデザインの未来を切り開いていくうえで大事なことだからだ。

5年ぶりとなる今年の「edition HORIZONTAL」コレクション発表は、初の海外、ロンドンでの開催となる。作品はもちろん、そこでまた議論が起こり、新しい波が起きることを楽しみにしたい。(インタビュー・文/浦川愛亜)


◎E&Y
製品やショールーム、イベント等に関するお問い合わせは、HPをご覧ください。
http://www.eandy.com/


◎イベント情報
E&Yは、今年で30周年を迎える。それを記念して、さまざまなイベントを予定している。

「edition HORIZONTAL」new collection
開催日時:2015年9月19日〜27日
開催場所:LONDON DESIGN MUSEUM

E&Y 30th anniversary PARTY / 2015-2016 collection
開催日時:2015年12月10日〜20日(予定)
開催場所:AXIS GALLERY



松澤 剛/E&Y代表取締役、デザインエディター。1974年神奈川県生まれ。フリーランス、マシンエイジ「MODERNICA」を経て、1999年E&Y入社。ファニチャーやプロダクトを軸とした国内外のデザイナーの作品をプロデュースし、現コレクションは50点以上になる。2006年にはザノッタとのコラボレーティブエディションを発表し、2010年には新しいコレクションラインである「edition HORIZONTAL」を発表した。作品の一部は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、デザイン・ミュージアム(ロンドン)、パリ装飾芸術美術館、スウェーデン国立美術館などに収蔵されている。国内外のプロジェクトや展覧会のデザインや企画、イベントのディレクターやアドバイザーも務める。