第7回 ピート・ツヴァルト・インスティチュート
「未来の生活環境」

大物デザイナーによる作品と同時に、学生たちの未知の可能性を秘めたアイデアに出会うことができるのもデザインウィークの魅力。見本市会場から離れたミラノ市内のランブラーテ地区では、世界のデザイン学校の展示がまとまって見られるとあって、同世代の若者が多く訪れる。今回は、毎年新鮮な驚きを与えてくれるオランダ勢の中から、ピート・ツヴァルト・インスティチュートについて紹介する。

文/長谷川香苗


オランダ・ロッテルダムにあるピート・ツヴァルト・インスティチュートは、インテリア・商店建築デザインコース在籍の修士1年生のグループが「Next Habitat(未来の生活環境)」をテーマに参加。将来の社会像を設定し、そこで求められるデザインを提案する「スペキュラティブデザイン」の手法から編み出された数々の提案を発表した。

ティンカ・ヨンゲリウスとフェデリカ・デリサンティのふたりは、「光」が与えるネガティブな側面を取り上げた。

かつての光はどのようなものでも一様に重宝されたが、現代社会では電子機器のモニター画面に組み込まれた発光ダイオードを長時間見つめていると体内時計が狂い、睡眠障害を引き起こすとされている。とは言え、LEDディスプレイなくして私たちの便利な暮らしは成り立たない。

そうした課題を解決しようと、LEDに含まれるブルーライトをカットする砂糖でできたフィルター「Sugar Protection Filter(砂糖でできた保護膜)」を考え出した。砂糖を熱してカラメル色にしたフィルターをモニター画面上に置くことで、ブルーライトの目への影響が緩和される仕組みだ。オランダでは健康のために国を挙げて砂糖の摂取を控えるよう呼び掛けているため、砂糖の需要が減る将来、余剰分の砂糖にマテリアルとしての可能性を与えるアイデアだ。

▲ ティンカ・ヨンゲリウスとフェデリカ・デリサンティ「Sugar Protection Filter」
紫外線を防ぐSPF指数のように、135℃、145℃と温度によってカラメルフィルターの保護のレベルが変わる。

▲ パソコンモニター画面にかざすとブルーライトと言われる光線から目を保護する。


パヴェル・シューベルトとユリア・ショスタックのふたりは、「Current Alchemy(電流の錬金術)」というアイデアを発表。

電気はスイッチ1つで使うことのできる便利なもの。しかし、気軽に使うことができない人たちが今も世界には少なくなく、将来的には燃料の枯渇も危惧される。それらを踏まえてふたりが提案したのは、普段目に見えにくい電気がつくられるプロセスを可視化し、瞬時に利用できる電気を何時間もかけて自分たちの手でつくり、物質としての存在を与えること。

塩を水に溶かすことから始め、その後、溶液を1週間かけて結晶に育て、できた結晶に圧力をかけることで微量の電気を起こす作業を展示期間中に行った。時間はかかるものの電気が生まれる仕組みは実はシンプルであることを、美しい表現で披露した展示だった。

▲ パヴェル・シューベルトとユリア・ショスタック「Current Alchemy」
ロシェル塩と呼ばれる圧電率の高い酒石酸カリウムナトリウムの溶液から結晶を育て、電気を起こす仕組み。


電気は1からつくるのではなく、すでにオープンソースとして周りに存在するものを使う、という発想もあった。アリス・ボニチェリとロレンナ・ルビオ・トレドのふたりは、電磁波に接触するたびに無線で起動する照明装置「Radio Killed The Electric Star(電波が電化製品をダメにした)」を展示。

電子機器が溢れ、電磁波に囲まれる現代の暮らし。空中に飛び交う電磁波を誰もがアクセスできる電源にしてみようというシナリオを描き出した。

▲ アリス・ボニチェリとロレンナ・ルビオ・トレドのワイヤレス照明装置「Radio Killed the Electric Star」
蓄電装置としての銅線コイル(写真下部分)と3Dプリンターでつくったバルブを付けた集電装置としての銅線コイル(写真上部)からなる。ファラデーが発見した電磁誘導の原理を用いて、2つの銅線コイルの間に磁場をつくり、集電するほうのコイルが電波を引き寄せ明かりがつく仕組み。最終的には、常に電磁波を発しているパソコンなどのモニター画面のそばに置くことで点灯するというシナリオを描く。


若い学生たちの発想からは、新鮮なアイデアであると同時に、環境に適応しながら暮らすという昔も今も変わらない人間の営みのあり方を感じ取ることができた。その発想はプロダクトやもの単体をつくることではなく、エネルギーの流れに介入するなど、人を取り巻く環境システムづくりにつながっていると思いたい。