INSIGHT | テクノロジー
2015.03.05 19:26
オックスフォード大学の若き准教授、マイケル・A・オズボーン博士が、カール・ベネディクト・フライ研究員と共著で発表した論文「未来の雇用」が世界に衝撃を与えている。副題に「いかに仕事はコンピュータ化されていくのか?」とあるように、米国労働省が定めた702の職業をクリエイティビティ、社会性、知覚、細かい動きといった項目ごとに分析し、米国の雇用者の47%が10年後には職を失うと結論づけた。それぞれの職業の消滅パーセンテージと順位までを示している。2014年秋に公表して以来、最もメディアの取材が多い国が日本であるという。
オートメーションの意味が変わる
「テクノロジーの発達を推し進めるだけではなく、そのテクノロジーが社会に何を引き起こすのかを考察したかった」。マイケル・A・オズボーン博士は「未来の雇用」の執筆理由をこのように語った。論文が注目を集めるのは、この実用的な発想に起因するのだろう。
「この10年余りの技術革新の速度は凄まじいものです。もし2000年の初めに『グーグル・カー』が発表されていたら、人々が真面目に受け取ることはなかったでしょう。無人自動車が普及すれば、タクシーやトラックの運転手が職を失うという現実を、われわれは考えていかなくてはなりません」。オズボーン博士は静かに語った。
人間の細かな動きを記憶し再現するロボットは、現在数多く開発され、この価格がどんどん下がれば工場労働者はますます減っていく。こんなシナリオは誰でも思いつくが、名の通った大学を卒業し立派な職に就いていると自負する人々の大半は、これらのオートメーション化は自分には関係ないと捉えているかもしれない。
しかし、オズボーン博士の論ずる「職業のオートメーション化」は、決して工場の生産ラインのみに当てはまるものではない。「ルーティーン化できる仕事はすべてデータ処理可能な仕事、つまり『オートメーション(コンピュータ)化』可能な仕事なのです」。
ホワイトカラーの職が消える
アップルのSiriやGoogle Nowといったボイス・レスポンス・システムの普及によって、テレマーケッターや電話交換手の職が消えつつあることは理解しやすい。
これに続いて、オズボーン博士は、「最も身近な例では、購入履歴や商品評価といった個人データから自動作成、更新されるアマゾンの『おすすめ』機能といったものの陰で、臨床検査技師や弁護士を補助するパラリーガル、金融機関のコンサルタントなど高度な知識や学歴が必要と見なされる職種もその存在価値はひじょうに危うくなっています」と語る。ちなみに、論文の巻末の表では、会計士なども98%の割合で10年後にはオートメーション化する可能性が高いと記している。
「そもそも未来の階層図に中間層は存在せず、一握りの上層とその他大勢の下層で構成される『フラットで裾広がりの三角形』となる」と、博士はさらりと予測する。
「英国はヴィクトリア時代、ギルド(職工)を守るために繊維機械の開発を阻んだ歴史がありますが、今このような政策を行うと他国から遅れをとってしまいます。たいていの人は、程度は違えど、クリエイティビティや社会性といった能力を持ち、何かしらの職はあるでしょうが、仕事の格差は今よりシビアに賃金に反映すると思います。各国政府は最低賃金を定めるなど、国民生活の最低保障をますます考えていかなければ社会混乱に陥りかねません」。
オリジナリティがあれば淘汰されない
目に見えるロボットだけではなく、ソフトウェアもわれわれの知らぬ間に職を奪っていく。それに対して政府も成す術はない。考えるだけで恐ろしいが、ではデザイナーや建築家といった職業はどうだろうか。オズボーン博士の分析によるとほとんどオートメーション化しないという予測値が出ている(工業デザイナーは3.7%、建築家は1.8%)。
「クリエイティビティや社会性といった能力に対して、ロボットやコンピュータは今のところ得意ではありません。常に新しいことに取り組んだり、思いもかけないような組み合わせを思いついたりと、オリジナリティがある仕事は今後もオートメーション化されることはないでしょう」。しかし、その言葉にぬか喜びしていいのだろうか。
デザイナーや建築家と呼ばれる業務に就く者が、常にオリジナルな仕事をしているかと問われると、10年後、全員がクリエイティブディレクターとして活躍できるとは信じ難い。
「建築事務所や企業のデザイン部門のなかにも、いろいろな仕事があるでしょう。もし図面を引くといった技術アシスタント的な役割が主ならば、CADが今より格段に使いやすくなることで法律事務所のパラリーガル同様に淘汰される可能性はあります」。
AIではなくマシンラーニング
オズボーン博士の専門分野は「マシンラーニング」。「人類が行ってきた要所の『決断』を、マシンが代行するシステムです。マシンはこの決断を下すために、データからパターンを学習していくのです。論文の執筆目的は、マシンラーニングの考え方を世に広めるためでもありました」と説明する。
一方で、マシンラーニングの発達が、人間の能力を低下させるという負の側面も考えられる。例えば、単語を入力すると書き手の思考パターンから次の言葉が自動的に現れ、何も考えずとも文章の書けるソフトウェアがある。長文への理解力を低下させるだけでなく、書く能力の乏しい人を増やしていくのではないだろうか。
「そうしたソフトウェアが開発されなければ、ホーキング博士のように身体に重い障がいのある人が、通常のスピードで皆と会話をすることは不可能でした。ただ、自動翻訳ソフトを例にとると、翻訳されたものは決して完璧とは言えません。自分の研究分野をAI(人工知能)と呼ばず、あえてマシンラーニングと呼んでいるのは、それゆえです。マシンラーニングが進めば、専門的スキルが高くなくとも、人は単独で多くのことができるようになりますが、マシンは完璧ではありません。マシンの出す結果を修正するために、人々には高度な教育が必須となるでしょう」。
データによるデモクラティックな教育
学費の有料化が進む英国の大学をはじめ、世界では学ぶことへの社会的格差は広がりつつあると言われている。するとオズボーン博士は、「最近はMOOC(マッシブ・オープン・オンライン・コース)が、全世界的に広がっている」と指摘する。オンライン上で無料の講義を受けられるMOOCは、米国の大学を中心に急速に浸透しつつある。適性を見出された学生はMOOCのスポンサー企業から直接リクルーティングされるだけでなく、米国ではMOOCの卒業証書を有効とし採用する企業が増えているという。
「もちろん、実際に大学へ通って、講師の指導をじかに受けられればそれに越したことはありませんが、MOOCは通学する時間のない社会人や主婦が新しいスキルや知識を学びたい場合にも十分効果を発揮します。そのうえ発展途上国の若者が海外の大学で学べたり、国際企業にリクルートされる希望も与えてくれる。教育のデモクラシーです」とオズボーン博士。「MOOCで学んだデザイナーや建築家は現れると思いますか」と尋ねると、「なれない理由がないでしょう?」と笑顔で応えた。
博士の次なる論文課題は、オートメーション化と地域の関係。博士の今までの分析結果によると、ロンドンは世界で最もオートメーション化しづらい街なのだそうだ。確かに、クリエイティブと呼ばれる人たちが多く存在し、少ない仕事の取り合いにしのぎを削っている。「近未来、この競争が、さらに激化するのは免れません」。
経済や社会情勢から雇用を分析するのではなく、マシンラーニングの発達に伴い、オートメーション化される職業を考察した論文はひじょうに新鮮である。将来への不安が募る内容ではあるが、この発達はわれわれをふるいにかけるだけでなく、平等な機会を与え、同時に、マシンができないことを常に模索するという考え方を与えてくれる。
*「未来の雇用」は、このサイトから全文をご覧いただけます。
マイケル・A・オズボーン/1981年オーストラリア生まれ。パースの西オーストラリア大学で純粋数学と機械工学を専攻中、1年間シドニーの材料科学工学協会でリサーチ・インターンを務める。2006年より英国オックスフォード大学でマシンラーニングの博士課程を専攻し、10年に学位を取得。12年より同大学エンジニアリングサイエンス学部の准教授を務める。13年より『フィナンシャル・タイムズ』『ウォール・ストリート・ジャーナル』『ワシントン・ポスト』『エコノミスト』『フォーブス』、BBCニュースなど数多くのメディアからインタビューを受けている。14年9月に論文「未来の雇用」を発表。http://www.robots.ox.ac.uk/~mosb/
ーー「AXIS174号」より転載