首都大学東京 インダストリアルアート学域の授業「プロダクトデザイン特論D」において、学生の皆さんが3チームに分かれ、第一線で活躍するデザイナーの方々にインタビューを実施。インタビュー中の写真撮影、原稿のとりまとめまで自分たちの手で行いました。シリーズで各インタビュー記事をお届けします。第2回は太刀川英輔さんです。
太刀川英輔さんインタビュー
NOSIGNER 見えないものをデザインする人
ソーシャルイノベーションを軸として、空間やインテリア、グラフィック、プロダクトと幅広い領域のデザインを手がけているNOSIGNER・太刀川英輔氏。領域を超え、常に社会的な課題と向き合おうとする氏の発想の原点、未来に向けての想いを聞いた。
領域は関係ない
NOSIGNERはどのようなコンセプトで活動されているのでしょうか?
空間やプロダクトなどの領域を横断すると同時に、「未だデザインが関わったことがない場所」「まだデザインが変化を生み出したことがない場所」にデザインを届けることをやっています。また、今までなかった関係性をつくるためにデザインの使い方を考え、社会課題に紐づいたデザイン活動をしています。クライアントワークもいろいろやっていますが、必ずその社会課題的な提案をこちらから返すようにしています。大きな企業に変化してもらいたいという願いがあるので、投げられたボールをこっちから投げ返すみたいなことも仕事の1つです。そんなわけで領域は関係ないと思ってやっています。
「領域は関係ない」と考えるきっかけは何だったのですか?
僕は学生時代「超建築っ子」だったんです。建築家になる気満々で頑張っていて、建築学会の学生代表もやっていました。当時、レム・コールハースやMVDRVなど、パズルゲーム的に組み立てていくようなオランダ建築が流行っていて、実際に見に行きました。すごい空間だなと思えたら良かったのですが……。構成は面白い、でも空間体験としてはあまり良くないと思ったんです。要するに、大学院生のときに「理念が面白いこと」と「空間を感じられること」はずいぶん違うということに気付きました。そして、哲学や思想として流行っている建築のムーブメントと身体性がつながらないこの感じは何だろうと思った。
こんなことを考えていたときに、「体感」をテーマに24時間のワークショップをやったんです。関東の各大学から2、3人ずつ集まって、学生50人ぐらいのチームで「光が変わるとどうなるの?」「天井の高さが変わるとどうなるの?」「音が変わるとどうなるの?」など、24時間ぶっ続けでいろんな切り口で経験し続けるということをやりました。そこで照明デザイナーや音響デザイナーの言葉が、どれだけ建築空間を考えるのに役立つのかを感じたわけです。同時に、「プロジェクトをつくるという感覚」や「学校を超えたつながりが本当に大事」ということを学んで、いろいろやらなきゃわからないと思ったし、いろんな領域のデザインが面白くなったのです。
チャンスは逃すな
大学院生時代に「nosigndesign」を立ち上げられていますが、就職は考えなかったのですか?
よくよく考えてみました。先生だった隈研吾さんの事務所やアトリエ事務所も考えたし、大手の建築事務所も考えたけれどひかれず、自分でやる選択肢がないのかと。試さずにはいられないと思ってやってみたんです。考えてみて下さい。どこかに勤めてからやるより、学生との二足のわらじを履いているうちにスタートするほうが安全じゃないですか。でも、最初は絶対うまくいかないです。コネもお金もないですし。
行きたい場所がなかった理由に、アトリエ系事務所は割とブラックなところが多いっていうことや、組織事務所はセグメントのせいでtodoがはっきりしていて可能性が少なくなるというのもあった。だから僕は、「こういうところだったら行っても良いかも」という事務所をつくりたいと思っています。うちの事務所の1つのルールに「自分のチャンスは逃すなよ」というのを掲げています。つまり、自分の仕事もやっていいことになっています。
まずは、美味しい煮卵から
他の領域に踏み出すために、勉強のコツなどはありますか?
勉強することはそんなに難しくないんです。コツは2つぐらいあります。1つは、いちばんいい目標値に出会うこと。いいグラフィックデザインに出会わないと、いいグラフィックデザインができるようにならないし、いい建築に出会わないと、いい建築ができるようにならない。当たり前のことですが、いちばんいいと思った水準を自分のライバルにできるかどうかですね。目標は高いほうがいい。ただ、高い目標を手のつけられる目標に分解することも大事です。
僕は建築はラーメンみたいなものだと思っています。例えば、ラーメンは何でできているのか? ぷるぷるの味玉と、とろとろのチャーシューと、トリプルスープ、それから自家製麺。それらを1つずつやればいい。つまり、ラーメンという総体をつくることが大事なのではなくて、1つでも追いつくことが大事なんです。まずは煮卵だけでも、美味しいものをつくれること。それは全部のクリエイティブに共通しています。もし全体感のあるデザイナーになりたいのなら、悪いことは言わないから、まずは何か1つのプロになれと。そして、そこから考えなって思います。
2つ目は当たり前だけど「好きになる」こと。勉強するという感覚ではなくて、趣味になることが大事。だけど、趣味にしようと思って趣味になるものでもなくて、これは面白いというパートを見つけないといけない。例えば、グラフィックデザインをやっていて面白いのは、全部の文字に歴史があることです。ドイツの工業用の書体とか、イギリスの活版印刷で流行ったやつとか、イタリアの碑文とか。すべてに歴史があります。そういう文脈がわかってくると、ブランドが何を考えているのかが読み取れるようになります。街を歩いていて、「このブランドはここらへんまでしか考えられていないダサいやつ」というのもわかるし、「このブランドはこういうこと言いたいのね。だから大きくなったのか。」みたいなことも読み取れるようになります。
専門性を拡張するような中間地点
今のものづくりの現状をどうお考えですか?
専門領域の壁は急速にぶっ壊れていきます。クリエイティブに関しては特にそうだし、大企業はそれに対応できないからイノベーションを起こせなくて困っている。企業に入社すると、縦割りというのを猛烈に経験します。デザイナーはデザインセンターにいるみたいな。でも、そうするとデザイナーは射程距離の短い視野しか持てません。本来デザイナーは、お客さんのこともエンジニアのことも考えないといけない。営業の脳みそとエンジニアの脳みそを持ったデザイナーがいればいいけど、そういう人はいない。セグメントされているから。これはデザインの専門性だけの話ではなくで、いろんなところで全体的な想像力を持ちながら、おれはここの専門もあるんだという、その両立がとても大事なんです。
すごく面白いことは専門性の中にあるのではなくて、その専門性を拡張するような中間地点にあるんです。専門性を拡張することはその専門性のためでもあるわけです。専門家になって1つの領域を突き詰めるほうがクオリティが上がるというのは誤解だと思っています。僕は建築を学んだけれど、家具設計もできる建築の人のほうがいい設計ができるに決まっています。サイン計画ができたり、施設のブランディングごと建築設計ができるほうが良いものができるに決まっている。そして、領域と領域の間には必ずシナジーが起こる。グラフィックデザインがうまくなったら、プロダクトの図面が綺麗になる。いろいろやっているから1つ1つのクオリティが低いと思われたくないんです。全部最高のクオリティでやるためにシナジーが必要だから、いろんなものに手をつけているわけです。
Mozilla Japanのオフィス内にある「Mozilla Factory Space」の空間デザイン。オープンソースの理念に基づき、空間構成のアイデアを「Open Souece Furniture」として、すべて図面・制作手順を公開した。
本当に助けるということ
自ら起業している方に対する共通の疑問ですが、仕事はどのように入ってくるのですか? また、どうやって次に繋げているのですか?
困っている人がいるんです。こちらの準備ができていれば、自然とその人たちに出会えます。これは経験上、本当にそうです。だから僕は来年のことは考えていないし、全く心配していません。自分の準備を整えるだけにしています。仕事がやってくるタイミングはちゃんとある。自分の準備が整っていないと、自分で営業することになってしまう。それも悪くないけど、引く手数多になるための準備に時間を使ったほうがいい。
その困っている人たちとどのようにして関係を築いていくのですか?
役に立つことを証明しないといけない。自戒を込めてだけど、自分の作品をつくりたいと思っている間は、彼らを本当に助けることはできなかったような気がします。例えば2013年にデザインした「Mozilla Factory Space」は、Mozillaのブランディングと同じでオープンソースの理念に基づいているから、とても機能しているわけです。自分を忘れるプロセスがうまく働いたというか、自分の忘れ方がうまくいった。要するに僕のエゴではなくて、デザインへの誠実さを持てたものはだいたいうまくいっています。
NOSIGNERに頼むとダイレクトに繋がるよねということになればいいなと思っています。透明になりたい、みたいなところがあるんです。この感覚で課題を持った人に対峙できれば、その人のためにデザインはこういうふうに機能するとか、たぶんこうやったほうがうまくいくかもと率直に言えるような気がする。そういう姿勢で一緒にやることを相手も望んでいると思います。
「KINOWA」は間伐材の丸太、角材、板材を素材のままの形で使った「そのままの家具」。
ダイレクトすぎてデザイナーがいらないぐらいのことを
最新の仕事について教えてください。
「KINOWA」という間伐材のブランドですが、かなり特殊で、丸太と角材と板をそのままのカタチでしか使わないブランドです。なぜこんなことやっているかというと、素材をそのまま市場に出したほうが加工が最も少ないから。コストも安く、地産地消。使わなければいけない大量の間伐材があって、それを加工する必要があるというのは本末転倒だと思います。そうではなくて、これくらい「何もやってないデザイン」のほうが欲しくないですか? そういうある種の率直さや必然性がそのままカタチになったものをつくりたい。率直すぎて見たことがないぐらいのものというか、ダイレクトすぎてデザイナーがいらないぐらいのことをやりたいんです。
最終的なアウトプットだけでなく、そこに至るまでの文脈があるからこそ、そのプロダクトを好きになることがあると思うのですが。
両方なんです。ストーリーを理解すると言っても、直感で好きにならないとストーリーを理解したいなんて思わない。僕が常に考えているのは、「率直でいいな、美しいなって」いうことと、「これしかないでしょって」という必然性がどれだけ歩み寄れるかということです。だから、美の感覚と論理が両立できていることがとても大事です。
その場合、どのようにアプローチすれば良いのですか。
人間の頭の中で積み重ねていって、そこにたどり着くのは無理です。だから、ゴールから考えて、たくさんの仮説を出すことなんです。理想的な仮説はなんだろうかと考えて、それが今の技術で可能かと逆算することができるかどうか。最終的にどんな状況が起こってほしいのかを一生懸命考える。そうすると、あるべき形が見えてくる。つまりゴールのイメージを持つというところを一生懸命やるということなんです。なるべく多くの仮説を出して、捨てるというのをやっていくと、なんかよさそうなのが残ったけどこれは何でいいんだろう。うまくいかないんだったら何でだろうと考える。ゴールが見えると後は早い。
「OLIVE PROJECT」より。
デザインを悟りたい
太刀川さんの”これから”を教えて下さい。
世の中には、チェンジメーカーという、これからこうなったほうがいい未来をポジティブに自分たちで進め始めている人がいろんな分野にいます。大企業のなかにも、起業家のなかにも、デザイナーのなかにもいます。こういう人たちをデザインでエンパワーしていきたい。例えば、東日本大震災から数年たって、復興特需みたいなのがなくなり、潰れていく会社も出てくると思います。だけど、これから50年後に、あれだけの災害があった場所が、世界の防災産業の拠点になっていたら、とてもいいと思うんです。それだけの必然性を持っている場所ですよね。今、仙台のメーカーと協業して防災グッズをつくっているのですが、そういう防災グッズも世界に発信できるものにしないといけないと考えています。最初の一石を投じたいという想いがあって、東日本大震災で被災されたご経験を持つ高進商事の小田原さんと一緒にやっています。 今まではデザインが個に閉じてたんですね。それを開きたいんです。
いろんな人と繫がることで、インパクトの大きいイノベーションが起こせると?
そうなんです、そしてその人たちに主体になってもらったほうがいいんです。自分がやったんだと思ってほしい。デザイナーがやったからその名前だけが出るのが自然かといったら、家具の職人さんや企業の人だって仕事しているわけです。だからみんな出たらいいじゃないかと。自分でやっているという実感が大切なんです。そうやって、デザインを集合知的な状態に開きたい。そのためにデザインをオープンソースにするプロジェクトや、デザインのメソッドを教えるためのデザインをやったりしています。デザインの文法に関わることなんですが、要するにデザインを構造化したいんですね。悟りたいんですデザインを(笑)。どうやったら悟るのか、これからもいろいろトライしていきます。(インタビュー・文・写真/志水 新、國枝彩乃、金友直樹)
太刀川英輔/NOSIGNER株式会社代表取締役。1981年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。2006年にデザインファームNOSIGNERを設立。ソーシャルデザインイノベーション(社会に良い変化をもたらすためのデザイン)を生み出すことを理念に活動中。建築・グラフィック・プロダクト等のデザインへの深い見識を生かし、複数の技術を相乗的に使った総合的なデザイン戦略を手がけるデザインストラテジスト。Design for Asia Award大賞、PENTAWARDS PLATINUM、SDA 最優秀賞、DSA 空間デザイン優秀賞など受賞多数。災害時に役立つデザインを共有する「OLIVE PROJECT」代表。内閣官房主催「クールジャパンムーブメント推進会議」コンセプトディレクターとして、クールジャパンミッション宣言「世界の課題をクリエイティブに解決する日本」の策定に貢献。
http://nosigner.com
前回までの記事はこちら。