東京都庭園美術館、リニューアルオープン

白金台に建つ東京都庭園美術館が、3年に及ぶ修復を経て、11月にリニューアルオープン。1933年に建てられた朝香宮邸を美術館として活用してきた同館は、建築自体がまさに作品だ。

▲ 20世紀のガラス工芸家ルネ・ラリックによるガラスレリーフの扉が訪れる人を迎える

▲ 大食堂。海の生き物を描いたラジエーターカバーや、パイナップルのモチーフの照明器具など食堂にふさわしいアンリ・ラパンの装飾。素材は大理石を含め、ほとんどがフランスから送られてきたもの。ラパンやラリックをはじめ、フランスからひとりもクリエイターが来日せず建設が進んだことも興味深い


その特徴は、1920年代から30年代にフランスを中心に欧米で流行したアール・デコ様式が取り入れられていること。伝統を重んじる宮家が、当時最先端だったフランスの装飾様式をいち早く邸宅に取り入れたこと自体に驚きを感じる。

朝香宮は軍人として滞在していたフランスで自動車事故に遭い、その療養中に訪れた1925年のパリ万国博覧会(通称アール・デコ博)で奇しくもアール・デコ様式に出会ったという。古代エジプトやアフリカの原始美術にはじまりアステカ文明まで、多様な要素をもとに1920年代のパリで花開いたアール・デコ様式。家具、壁紙といった室内装飾はもちろんのこと、建築の装飾にまで用いられていた。

パリの最新スタイルに刺激を受けた朝香宮夫妻は、帰国後、新居を建てるにあたって、パリで売れっ子のインテリアデザイナー、アンリ・ラパンやガラス工芸家ルネ・ラリックにデザインを依頼。その手紙はパリ滞在中にフランス語を学んだ妃殿下自らがペンをとったという。日本のプリンセスからの直々の依頼を受け、フランスのデザイナーたちも持てる力を十二分に発揮したのではないだろうか。

▲ ラパンが内装をデザインした森がテーマの小客室。客人はディナーの準備が整うまでこの部屋で歓談。昭和の時代、すでに日本でも大理石は採掘できたにもかかわらず、ギリシア産大理石ティノスグリーンを輸入。壁紙の継ぎ目を隠すための装飾性を兼ねた袋張りが、建物の随所に見られる

▲ ラジエーターカバーのデザインも部屋ごとに異なっている

▲ ふんだんに使われている大理石。手すりのアイアンを含めて天然素材のみで、鍍金(メッキ)などを施されていないにもかかわらず、華やかな印象を放つ


ラパンから送られてきたデザインをもとに邸宅の建設にあたったのは、宮内省内匠寮の建築家や職人たち。しかし、船便で何カ月もかけてデザイン画が届くと、インクがにじんでデザインが読み取れないこともあったそうで、日本の職人たちがラパンの意図を推測しながらつくり上げていったという。

完成した朝香宮邸は、日本の職人たちが解釈したデザインであり、ほかのどこにもないアール・デコの館といえる。宮家が日本の建築家にアール・デコ様式を求めたのではなく、直接フランスに依頼したこと自体が革新だったのかもしれない。

▲ 朝香宮殿下の書斎。採光の向きに合わせて机が回転する仕組み

▲ 北側に向いた夏のベランダ。秩父で採掘された蛇紋石を敷き詰めた床。扉の建具には宮大工の技が隠されている


今回のリニューアルでは、1933年の竣工時にできるだけ近づけたという。惜しみない予算が注がれ、外国産大理石といった最高級の素材をはじめ、最高の職人たちが生み出した隅々まで手の込んだディテールに注目したい。個人的なお勧めは、夕暮れから日没にかけての時間帯。自然光が入らず、今よりほの暗い照明だけが建物を灯す時。まさに1930年代に引き戻されたような雰囲気に包まれる。(文・写真/長谷川香苗)


▲ リニューアルにあわせて誕生した新館。美術家の杉本廣博司がアドバイザーとして参加し、本館とつながるアプローチには三保谷硝子の波板ガラスが使われた。陽光の差し込む角度によって、さまざまな形の影が現れる

▲ リニューアルのオープニングを飾る「内藤礼 信の感情」展は新館がメイン会場だが、本館のところどころにも作品がある