ファッションやプロダクト、サイン、グラフィックといったデザインから、アート、フード、伝統文化など、さまざまま分野の「今」を照明の視点から語り、かつ編集していく連載コラム「Lighting Edit」。その第1回です。
第1回「“これまで”と“これから”の共存」
都心の一角にあるリノベーションされた住宅。何十年も前からその地に、施主の上の代から丁寧に住まわれていた空間。今回のリノベーションは生活スタイルや家族の個性により、今の時代に合った内容になっています。
玄関を入ってすぐ目に入ってくる空間。昼は、トップライトから外光が差し込むダイニングスペースです。
キッチンとオープンな流れで繋がっている空間の中でも印象的なこの場所は、施主の母の代から「人が集う」場としての意味あるスペース。
食を愛する施主の趣向が活かされているダイニングスペースは昼と日没後で表情を変えます。トップライトを挟むように配置されたスポットライトがやわらかい影を落とします。
丁寧に使い続けられているダイニングチェア。写真には写っていませんが、左側の奥にアップライトのピアノがあり、その上にはたくさんの家族写真がディスプレイされています。壁面収納の一部には仏壇も納まっており、横にはキャンドルが点されていました。この住宅の照明はLED光源で調光可能なシステム。時代を経て伝わってきた愛着あるものたちとプリミティブな灯りのキャンドル、そしてそれらを柔らかく包み込むような色温度の低いLED照明がほどよい心地よさを演出しています。
ダイニングスペースの反対側、ご主人の趣味であるオーディオとレコードの収納の整然とした中に、ひときわ印象的な、床越しに見える地下のライブラリーがあります。
アーティストのミシャ・ウルマンが1995年にベルリン市内に設置した、ナチの焚書を思い起こさせるアート作品「The Empty Library」から想を得たものです。
地下ライブラリーに向かうアプローチに無駄な光はなく、床や天井、書棚の放つ白色の塗装色に合わせて色温度を高めに設定した照明の”白色光” が導いてくれます。
Photosby Nozomi Nishi
入った瞬間に白色の空気に包まれます。ギャラリーのようなホワイトキューブな感覚で、思いのほか圧迫感はなく、どこか透明感のある雰囲気です。
人の温もりを大切にした丁寧でシンプルなレイアウトのリビングダイニングと、地下ライブラリーの放つ強い個性の対比は、住む人のセンスの良さを感じると同時に、最低限大切にしていきたい“これまでの” ものと、新しい“これから” のもののさりげない共存を強く感じました。季節によって日の入り、日の出の刻は変わっていきます。その感覚を体感しながらゆるやかに室内の明るさを調整していく様は、灯りのほどよい匙加減を楽しんでいるよう。環境を意識しながら生活していくなかで、光の強弱を感じ、光を調整することは、日々心地よく暮らすための大切な要素の1つだと思います。(文/谷田宏江、ライティングエディター)
建築設計 株式会社 フジワラテッペイアーキテクツラボ一級建築士事務所
照明設計 岡安泉照明設計事務所
照明器具 ブルーウェーブテクノロジーズ株式会社 ほか