vol.3 シチズン
「LIGHT IS TIME」

ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスに拠点を持つPR会社の話では、デザイン関連の見本市は世界中で年間80以上も開催されているという。そのなかで最も発信力を持つのがミラノサローネ。それは、サローネがどんなメディアよりも影響力を持つ媒体ということだ。そうした背景から、家具、照明メーカーに限ることなく、自動車、携帯電話、ビューティ製品のメーカーまでもが自社のビジョンをミラノで伝えようと趣向を凝らした展示で参加する。

時計メーカーのシチズンは、ミラノサローネに初出展。例年、多くの展覧会やイベントが開催されるトリエンナーレ・デザイン・ミュージアム内に会場を定め、初日の来場者は約5,400人に上ったという。

時計づくりや時を刻むことにかける情熱を伝えるため、シチズンが会場構成に起用したのは、パリを拠点にする建築家・田根 剛。田根がつくり出したのは、時計のすべての部品を支える基盤装置「地板」を8万個使用し、暗いギャラリー内でそれが宙に浮いているかのように感じられるインスタレーションだ。音と光による演出と相まって、「時」や「時計」が、壮大な宇宙の無重力空間に放たれたかのような印象を受けた。

シチズンは、1976年に光を電気エネルギーに変えることで、どこでも時を刻むことのできる独自技術「エコ・ドライブ」を開発している。今回の展示は、以来、同社が追及してきた「光を時間に変える」というビジョンを感覚的に体験させるものだ。

「地平の果てから昇る太陽が地球を光で満たし、太陽の光の動き、動く影の変化、月の満ち欠けに気が付いた人類はいつしか“時間”という概念をつくり出した」と田根は説明する。そこから「時間は光であり、光は時間である」「LIGHT is TIME」という展示コンセプトに行き着いたという。

また、ギャラリーにはすべてが互いに絡み合って正確に動く歯車、リューズといった何百もの部品もディスプレイされた。その機能から導かれた研ぎ澄まされたフォルム、どれ1つ欠けても動かない精緻な機構にため息が出るとともに、造形の神秘に見入った。

「人類は時間をデジタルに数値化し、短縮し続けたことで、いつしか時間から光を忘却していたのです。しかし、光なくして宇宙の驚き、地球の豊かさは生まれません。時間に光を呼び戻したかった」と田根は語った。

時刻を知るだけであれば、携帯電話やスマートフォンで用は足りる。それでも人が腕時計を身に着けたいと思うのはなぜだろう。時を刻むとはどういうことなのか、改めて考えてみたくなるインスタレーションであった。(文/長谷川香苗)