『亀倉雄策 YUSAKUKAMEKURA 1915-1997 』
亀倉雄策 著(DNPグラフィックデザインアーカイブ 2,415円)
評者 深澤直人(デザイナー)
「太い筋」
亀倉雄策という太い筋の通ったデザイナーのことをもっと知らなければならないと思い始めたのは5年くらい前からのことで、氏の名前が私の周りで頻繁に語られるようになったのは、私が日本デザインコミッティーのメンバーに迎えられた頃からだと思う。
それまでは日本のグラフィックデザインのことをあまり、いや、ほとんど知らなかったといってもいい。それは素晴らしい作品を知らなかったということではなく、どのようなデザイナーがその素晴らしい仕事を残してきたかとか、そういった作品が生み出されてきた経緯や背景などを知らなかったということである。つまり、作品を通じて、その裏側にいる人や、時代や歴史をあまり知ろうとしていなかった。
もちろん、氏の功績や才能をよく知る人からすれば、無知であり、たいへん失礼なことで、信じ難いことだったかもしれない。
しかし、別の解釈をすれば、やっと氏のことを知りたいと思えるようになったということでもある。そう思って探したのがこの本である。これは氏が自ら書き下ろした自伝的エッセイであり、デザイン論でもある。
私は氏が亡くなる前にお会いする機会を持てなかった。
だからご本人の感じと合っているかわからないが、いろんなところで拝見する顔写真や、この本の表紙を目にすると、強面でこわい方だったのではと思ってしまうのが正直な印象である。しかし、その顔の印象とデザインされた数々の作品の印象にはズレがない。
骨太で、はっきりとしていて強く、そして美しい。
代表作の1つである東京オリンピックの公式ポスター第1号などを見ても、その強さと美しさのなかに、日本を背負っている。
日本のグラフィックデザインという感じがする。
この本から、氏がいかに日本の美とともに、グラフィックデザインを世界レベルで考え、押し上げようとしてきたかが読み取れる。
「欧米の一流は日本の一流であり、日本の一流は欧米の一流でなければならない」という言葉にもその意思が強く表れている。
この本には氏の生い立ちから始まって、世界へ飛躍し、モダンデザインと戦い続けてきた日々の思いがエッセイとなって綴られている。
そこからは、氏が、氏自身のデザインに取り組もうとしていた姿勢というよりは、日本のデザインをいかに正しく世界レベルにしていくかという熱い思いが伝わってくる。
その1つの章に「デザインとは明るい生活の歌でなくてはならない」とある。電車の吊り広告の、大衆雑誌のキタナサと化粧品の広告を比べて話している。同じ人間が全く異なる欲求をこの2つの広告に求めていることがおかしいと言っている。そのような広告をつくる経営者と対等に正しいデザインについてわたり合えるデザイナーにならなければならないと言っている。
責任感の強い人だったのだと思う。
亀倉雄策のような日本のデザイン界のリーダー的存在が現代にも必要だと思う。社会のために自らのデザイン生命をかける、太く筋の通ったデザインのリーダーが現れるべきだと思う。
最近、氏がデザインした『日本の庭』という写真集の古本を買った。強いグラフィックだった。表紙には赤く「日本の庭」とだけ描かれていた。亀倉雄策は日の丸のようなデザイナーだったに違いない。 (AXIS 124号 2006年11・12月より)