もう35年も前のことだが、ロート製薬の目薬「ロート ジー」が発売されたとき、その効能もさることながら、容器が目当てで購入したことがあった。正方形を辺の途中で斜めにカットして大・小2つのパートに分割し、小さいほうをキャップとしたその構造が、とても斬新に感じられたからだ。この容器は、今も目薬のパッケージにおける傑作デザインだと思っている。
ロート製薬は、昭和初期にも、それまで分離しているのが当たり前だった目薬の薬瓶とスポイトを一体化した画期的な容器で世間の注目を集めるなど、実は、早くから製品の核となる成分だけでなく、トータルなユーザー体験を重視してきたメーカーと言える。
そんな同社が、先頃、「ナノアイ」という新製品を市場投入した。これ自体、名前の通りに従来よりもコンパクトな容器に約400倍も濃い高粘度の薬液を収め、化粧品開発で培った技術も投入して、涙と混ざった瞬間にサラサラの状態に変化して目の表面に一気に広がるという、新たな差し心地をデザインした製品で、容器自体も片手でキャップの開閉と点眼が可能となるユニークなものとなっている。
しかし、今回、採り上げたいのは、そのプレスリリースの印刷物である。これは、発表会などに参加した業界の人間にしか配布されず、一般の目には触れないものなので、あえて紹介しておこうと思った次第だ。
というのは、こうした発表会でのプレスリリースは、A4用紙に1~数枚でまとめられ、テキスト中心で、せいぜいいくつかの製品写真やグラフなどがレイアウトされているものが一般的なのである。
これに対してナノアイのものは、ポスターサイズの上質紙にビジュアルを重視したレベルの高いインフォグラフィックスが配されており、八つ折りにした状態で表紙となる”TIRED?”の文字のある部分から開いていくことで、徐々に全貌が明らかになっていく。こうしたストーリー性や、ブルーを基調とした爽やかなカラースキームが、すべて商品への理解度を高める方向に機能し、普通はビジネスライクなプレスリリース自体のイメージを一新しているのだ。
筆者は、講談社現代ビジネスブックから、ビジネス戦略におけるビジュアルの大切さを説いた『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか 一枚の写真が企業の運命を決める』という書籍を上梓しているが、ナノアイのプレスリリースは、まさにその内容を具現化した存在と言ってよい。優れた企業は、プレスリリースをもデザインする時代になってきているのである。
大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。著書は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)、『iBooks Author 制作ハンドブック』(共著、インプレスジャパン)など。最新刊に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)がある。