Photo: Denmark Media Center / Photographer David Trood
日本とデンマークの関係は、文化的要素が「自然」「簡素」「Hygge」「禅」などの点で類似性に満ちており、共生(ともいき)デザインを創出するうえで最適なパートナーになり得る可能性があることを説明してきた。では、こうした共生デザインを実践しているデザイナーはいるのだろうか?
デンマークのデザイナーも特別共生デザインを意識しているわけではないが、元来「自然との調和」を重視している民族であるので、筆者の提案に賛同してくれるデザイナーは多い。しかし、明示できる方法論や(共生デザインは西欧の論理的手法では修得できない)、共生デザインとして知られている成功事例があるわけではないので、具体例として紹介できないのが辛い点であった。しかし、さまざまなデザイナーや識者との意見交換、調査をする過程で、西洋人でいち早く共生デザインの本質を理解し、また世界的な成功を収めていた人物がいた。それは誰か?
そう、スティーブ・ジョブズである。
ジョブズは、よく知られているように若い頃から禅に傾倒し、座禅修行を通じて内面を深めた、IT業界でも異色の経営者である。彼はスピーチでたびたび禅の教えや日本文化に触れている。その中で、共生デザインを実践するうえで重要な点、つまり空(くう)や西洋の論理的思考方法の限界と東洋の直観力に関することを理解していたことは、彼が共生デザインの本質を捉えていたことを示している。
ジョブズは、『弓と禅』で西洋人の論理的な思考と方法論が弓道師範の前で悉く打ち砕かれる話に共鳴し、禅僧乙川弘文のもとで禅を学んでいる。アップルの製品が革新的なデザインとシンプルな操作性を実現しているのは、禅の影響があるのではないかとも指摘されているが、筆者はジョブズが意図して禅や日本文化の特性をデザインに活かしていたと確信している。
一方でジョブズはビジネスの場としての日本を嫌っていたとも言われているようだが、日本市場の特異性に我慢ならない彼の短気な性格に加えて、日本人でジョブズのように禅や日本文化の特質を企業経営に活かしている経営者が少ないことや、現在の日本人に禅の精神が十分に伝承されていないことへの失望もあったのではないかと思われる。彼は来日したときに頻繁に京都の禅寺を訪問しており、ビジネスとは一線を引いたかたちで日本文化を愛していたとことからもそれが窺える。自身の精神的支柱であった禅と日本文化、本来そうした精神を有していると思われていた日本人と交流しても、このような面での理解を共有できないとしたら、そのときのジョブズの苛立ちはよく理解できる。
現在、アップルの業績が芳しくない本当の理由は、現経営陣でジョブズのように日々座禅を通じて「見えないものを見る能力」を発揮していなからではないかと勝手に想像している。もし、今ジョブズが生きていたら、「日本人こそ伝統精神に立ち返り共生デザインによる真の”気づき”で再生しろ」と言ってくれるようような気がする。(文/中島健祐、デンマーク大使館 投資部門 部門長)
中島健祐/通信会社、コンサルティング会社を経てデンマーク大使館インベスト・イン・デンマークに参画。従来までのビジネスマッチングを中心とした投資支援から、プロジェクトベースによるコンサルティング支援、特にイノベーションを軸にした顧客の事業戦略、成長戦略、市場参入戦略等を支援する活動を展開している。デンマーク大使館のホームページはこちら。