深澤直人(デザイナー)書評:
ブルーノ・ムナーリ 著『ファンタジア』

『ファンタジア』
ブルーノ・ムナーリ 著/萱野有美 訳(みすず書房 2,520円)

評者 深澤直人(デザイナー)

「偉大なデザインの先生」

「ある人が将来クリエイティヴな人間になるか、あるいは単なる記号の反復者になるかは教育者にかかっている。ある人が自由に生きるのか、それとも条件づけられて生きるのかは人生の初期段階をどのように過ごしたか、そこで何を経験し、どんな情報を記憶したか、ということにかかっているのである。大人たちは未来の人間社会がかかっているこの大きな責任に気づくべきではないだろうか」(文中より)。

デザインをするということはデザインを日々の生活の経験から学び続けることでもある。それは悟りのようなもので、「わかった」という小さな日々の発見の連続が、生きるということと創造のモチベーションに繋がっているような気がする。どちらも、あるときまでですべてがわかり、あるいはすべてを学び、それから実践していくというようなことではないと思う。その日々の発見は楽しい。著者は言う、「ファンタジアに恵まれた人とは、絶対的に新しいことを考えだす人ではなく、その人にとって新しいことを考えだす人のことだ」と。

ブルーノ・ムナーリはこの本を1977年に出版している。それは偶然にも私がデザインを学び始めた年である。それからずっとデザインをやってきて、そしてこの本を読んで、なぜかもう一度デザイナーになろうと思った。25年もデザインをやってきて、デザインを学び始めたときに書かれた、デザインの教科書のような本を今やっと読んだ。しかし、その頃にもしこの本を読んだとしても、きっとうまく理解できなかったと思う。創造性とファンタジーについて書かれたこの本は、創造することの楽しさと興味を伝えてくれる。そして教育としてのデザインやアートの本質をわかりやすく事例を交えて説明してくれている。

ファンタジーはそこにある。見えないのは、それを逆さにしたり、大きさを変えたり、対比させたりしてみないからだと言わんばかりの著者の言葉が聞こえてくる。「どのように一つの芸術作品ができあがるかは暴露すべきでないとされてきた。(中略)ところがわたしはそうは思わない。誰しもこうした事について理解したいのではないかと考える」(文中より)。魅力の意味を探り当てることも創造性であり、理論家としてのブルーノ・ムナーリの強い興味がこの本を成している。

確かに、作品を見て、どうやって発想するかを聞いてくる人は少なくない。そんなときには、その人が「あ〜、なるほど」と感じたことのある体験を事例として説明したりする。この本にはそんな事例やヒントがいっぱい記されている。しかし、この本を読んでいて思ったのは、創造性について書かれたこの本を理解するには、創造力が必要かもしれないということだ。体験を想起させて「ほら、ね」と言ってくれてはいるものの、理解には創造力がいる。だからこそ本に吸い込まれる感じがする。

ファンタジアが豊かかどうかは、その人が築いた関係にかかっている。ファンタジアは人を幸せにする心の目みたいなものだと思った。(AXIS 122号 2006年7・8月より)

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