パナソニック 汐留ミュージアム
「幸之助と伝統工芸」展

パナソニック 汐留ミュージアムが開館10周年を記念し、創業者松下幸之助の文化人としての一面を紹介する展覧会を開催中だ。

▲ 松下幸之助氏

「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助は、人間のあり方においても「素直な心」が大切であると説いた。幸之助は茶道に「素直な心」の本質を見出し、40歳を過ぎてから裏千家十四代家元、無限斎宗室(むげんさいそうしつ)と親交を深めながら本格的に嗜むようになる。その関心はやがて、陶芸や金工、木工などさまざまな素材と向き合う伝統工芸作家へと広がっていった。本展は、そんな幸之助に縁の深い工芸作品約90点(作家約65人)を通して、その芸術を紹介している。

▲ 松下幸之助《心》
  パナソニック株式会社蔵

戦後復興の過程で、人々の生活は安価な大量生産品に溢れ、伝統工芸の存続など気にかける間もなかった時代。法隆寺金堂の火災を受けて、1950年にようやく文化財保護法が施行。54年に改定された同法に則り、翌年に無形文化財の保護と育成を目的とした社団法人日本工芸会が設立されるも、伝統工芸に従事する者にとって「作家」という立場すら確立されない厳しい状況は続いていた。

そうした背景のなか、茶道関係者を通じて紹介された幸之助が、日本工芸会近畿支部の支部長に就任したのは1960年のこと。すでに裏千家の老分職に就き、工芸への関心を高めていた幸之助は、運営資金のほか作品の収集、また所属作家が成果を発表する日本伝統工芸展で「松下賞」を設けるなど、さまざまなかたちで支援を惜しまなかった。

ここで強調したいのは、いわゆる創業者が財を投じて個人的な愉しみのために築き上げたコレクションの類ではないということである。

▲ 森口華弘《駒織縮緬地友禅訪問着 早流》1961年、前期展示
  東京国立近代美術館蔵

重要無形文化財「友禅」保持者(人間国宝)である染色家、森口邦彦氏は同じく人間国宝の父・華弘氏のもとで、幸之助の取り組みを見てきた。本展に関連した講演会で同氏は次のように語った。「幸之助さんは茶道を通して古美術も収集していましたが、同時代の工芸作家を支援する姿勢はそれとは全く異なるものでした。後者は個人的に買うという方法ではなく、会社や社団法人という社会的な枠組みのなかで、“生きている工芸”を継続的にサポートするシステムをつくったのです」。

▲ 角谷一圭《芦鷺地紋真形釜》1961年頃
  パナソニック株式会社蔵

幸之助は1961年に松下電器産業の社長を退き会長に就任すると、京都・南禅寺近くの広大な敷地に「真々庵(しんしんあん)」を求めた。自ら設計にこだわった茶室と庭園で賓客をもてなし、地下の展示室では収集した作品と作家から借りた最新作を紹介した。非公開だが、今日も真々庵の管理者であるパナソニックによってその活動は引き継がれている。森口さんは、「幸之助さん自身の意志が届く範囲で、美術館ではできないことやる。それは幸之助さんのわきまえであり、品格であったと思うのです」と語る。

▲ 二代前田竹房斎《萌生花籃》1978年、前期展示
  パナソニック株式会社蔵

個人的な趣味の範囲を超えて、何が「経営の神様」を突き動かしたのか。森口氏は次のように分析した。「われわれ、ものをつくる人間は一瞬一瞬、材料や技術のことなどすべて自分で決定していかなければならない。誰も助言してくれるわけではなく、とても孤独な作業です。経営者もきっと同じでは。幸之助さんは同じものづくりに関わる人間に対して“お互いに孤独な決定をしてまんな”という、ある種の共感を持たれていたのではないでしょうか」。

▲ 黒田辰秋《金鎌倉四稜茶器》1965〜72年頃、後期展示
  パナソニック株式会社蔵

展示の後半「第2章 ものづくりの心 -幸之助と伝統工芸-」には、幸之助の支援を受けほぼ同時代に活躍した森口華弘(染織)、黒田辰秋(木工)、角谷一圭(金工)、清水卯一(陶芸)といった人間国宝たちによる作品が並ぶ。緻密な設計と確かな手の技による美しい作品を通じて、「(製品も)工芸のように正確であるべきではないか」と説いた幸之助の思想の源流に触れることができそうだ。(文/今村玲子)


パナソニック 汐留ミュージアム 開館10周年記念特別展
「幸之助と伝統工芸」展

会 期:2013年4月13日(土)〜8月25日(日)
    前期:4月13日(土)〜5月28日(火)
    中期:5月30日(木)〜7月9日(火)
    後期:7月11日(木)〜8月25日(日)
休館日:毎水曜
会 場:パナソニック 汐留ミュージアム

*写真提供/パナソニック 汐留ミュージアム
*展示期間は予定です




今村玲子/アート・デザインライター。出版社勤務を経て、2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。