インドのランチボックスは、ステンレス製で数段重ねのものがよく知られている。重ねた状態で持ち運びしやすいように、全体をまとめるメタルバンドとハンドルが付いているのだが、このメタルバンドに鍵がかけられるようになっているものが多い。
同じように、アジアでメイドなどを雇っている家の電話機もロックされていて、鍵がないとかけられないタイプのものがある。
性悪説的に考えると、例えば使用人や同僚が自分の眼を盗んで中身を食べたり、私用電話をかけられないようにしていると思いがちだ。しかし、実際には、鍵をかけておくことで誰も疑わずに済むという、精神衛生上のメリットを重視してのことだと聞いた覚えがある。
それに倣ったわけではないだろうが、米国のアイスクリーム業界で31のバスキン・ロビンスと並んで有名なベン&ジェリーズが「パイント・ロック」なるものを5.7ドルで販売している。
パイントは、アイスクリームのパイントパッケージ(1米液量パイント=473ミリリットル)を指し、この販売容器の蓋をダイヤル錠で固定するためのアクセサリーが、このパイント・ロックなのだ。
アメリカ映画やテレビドラマなどで、帰宅した女性が冷蔵庫からパイントパッケージを取り出し、そのままスプーンで食べるシーンをよく見かけるが、まさにこのパイント・ロックは、自分がいない間に、家族やルームメイトにつまみ食いをされないためのセキュリティデバイスなのである。
別名「ユーフォリ・ロック」(語源となった「ユーフォリア」は「至福、幸福感」の意味)と呼ばれるこの製品は、メーカー自らの企画ではなく、ベン&ジェリーズのファンのひとりが提案したアイデアに基づいてデザインされたものという。
日本人からはジョークグッズにしか見えず、思いつきもしないデザインと言える(ちなみに、日本のベン&ジェリーズでは販売されていない)が、おそらく彼らにとっては、インドのランチボックスやアジアの電話機の鍵と同様に、精神安定を得るために必要なアイテムなのだ。
大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。著書は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)、『iBooks Author 制作ハンドブック』(共著、インプレスジャパン)など。最新刊に『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社)がある。