REPORT | 展覧会
2013.03.19 18:59
バブル経済、金融不安、経営破綻、振り込め詐欺……。社会を取り巻く生活不安や争いごとの多くは、お金に起因する。お金のために人は心を乱し、時に命を落とすこともある。しかしそれはお金が悪いのだろうか。取り扱う人間のほうに何か重要な問題が隠れているのではないだろうか。
人とお金そして社会との関係を紐解く体験型の展覧会「波瀾万丈! おかね道―あなたをうつし出す10の実験」が、日本科学未来館で開催中だ。
「もともとお金は人が豊かに生活するためにつくり出されたのに、人はお金に振り回されてばかり。お金という道具をうまく使いこなせていないのでは」というのが企画を担当した奥矢 恵さん(日本科学未来館 展示開発課)の問題意識だ。本展を通して来場者一人ひとりがお金との付き合い方を見直し、よりよい選択ができるようになれば、と期待を込める。
人とお金の関わりを解き明かすうえでカギとなるのが、行動経済学だ。人間が経済的な判断をするときどのように行動するのかを、観察や実験を通して研究する学問である。脳科学やゲーム理論など自然科学との関連も深く、最先端の経済学ということができる。
本展を監修した大阪大学の大竹文雄教授は「人間は経済的な意思決定をするとき、必ずバイアスが働く。本展ではそれを体験してもらいながら、まず自分のバイアスを自覚することがお金と正面から向き合うための第一歩になる」と説明する。
▲ 本展監修者の大阪大学 社会経済研究所教授・付属行動経済学研究センター長 大竹文雄氏。「経済学はお金儲けや冷徹なイメージがあるという誤解を受けてきた。最先端の経済学を知ってもらえる機会だと考えています」。
ここでは来場者が実験の参加者となる。「まち」を模した会場に設置された10の実験場ではお金の分配や買い物に関する質問が出され、選択を迫られる。例えば、「見知らぬ相手が『自分に900円、あなたに100円』と言っています、どうしますか? あなたは受け取るか、受け取らないか」といった質問だ。ここでタネアカシはしないが、その答えによって自分が何をもって損得の判断を下しているか、ということが明らかになる。
▲ 会場入り口にある「ミライ銀行」のATMコーナー。来場者はこの画面でいきなりで質問され、第1の実験に参加することになる。
▲ 会場には「ショップ」「カジノ」「公園」「おまつり境内」など仮想の「まち」が展開されている。
▲ 第2の実験場「ショップ」では、4つの問いに直感的に答える。その結果、筆者は「直感で決めやすい」と診断された。
▲ 各実験場には「実験のふりかえり」「実験のタネあかし」パネルが用意され、質問の意図や参加者の選択(行動)の裏にある心理などが詳しく解説される。「ヒューリスティクス」(経験をもとにおおむね正しい答えを素早く直感的に見つける性質)や「現在バイアス」(将来の利益はガマンして待てるのに、目前に迫ると誘惑に負け、今もらえる小さな利益を選ぶ傾向)、「ナッジ」(政府や企業が提供するサービスの基本設定をうまく設計し、人々を強制することなく望ましい選択へ誘導する方法)といった心理学や経済学のキーワードについてもわかりやすく学ぶことができる。
▲ 各実験場の出口には、こんなメッセージが! ずばりと言い当てられて皆苦笑い。
店舗や公園など「まち」を模した会場構成は、時に人目を気にしたり、時間がなく焦った状況で判断を迫られるという実社会に近い体験を引き出している。自分ではよく考えてお金を使っているつもりでも、実は感情に流されたり、他人の目を気にして不合理な行動に走ってしまう人が多いようだ。
▲ 第3の実験場「噴水ひろば」。お金が投げ入れられている噴水を見て、参加者ははたしてどんな行動に出るだろうか。これも実験の1つ。
▲ 第6の実験場「運命のゲート」。AかBかを選択してゲートをくぐると、ダイエットや貯金はなぜ計画倒れしてしまうのか、その理由が示される。
▲ 第7の実験場「カジノ」。カジノ風のあつらえの中で質問に答えると、参加者の「確実をとるかリスクをとるかの傾向」がわかる。
▲ 会場出口には、すべての実験場における参加者の回答状況がリアルタイムで表示される。これを見ると、「自分だけじゃないんだな……」とちょっと安心するかもしれない。
入り口で受け取った「おかね道手帖」に実験記録を記しながら進み、会場を出る頃には、お金にまつわる自分のクセがわかってくるという仕組み。ちなみに筆者は「目先の誘惑に負け、他人の恩恵に預かる“タダ乗り”傾向が強い」という結果に……。経済社会で健全に生き残る自信を失いそうだが、少なくとも、自分自身の中にある選択や行動のクセを知って、これまでのお金の使い方を考え直し、よりよい選択を始めるための一歩になるかもしれない。(文・写真/今村玲子)
会 期:2013年3月9日(土)~6月24日(月)
休館日:火曜(春休み期間は開館)
時 間:午前10時~午後5時(入館は閉館時間の30分前まで)
会 場:日本科学未来館 1階 企画展示ゾーンa
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。