布垣直昭(トヨタ自動車 デザイン本部)書評:
藤原正彦 著『国家の品格 』

『国家の品格 』
藤原正彦 著(新潮新書 714円)

評者 布垣直昭(トヨタ自動車 デザイン本部)

「品位あるデザインへの志」

「レクサスのデザインフィロソフィーは日本の武士道精神に通じるものがあると思います」という画家の千住 博氏の言葉に接したとき、私は若干の驚きとともに、さすがそういう見方もあるものかと感心した。2005年4月、ミラノデザインウィークで千住さんをはじめ3人のクリエイターの方々とのコラボーションによる、レクサスのアートイベントを開催した際のことである。その言葉もあり、新渡戸稲造の『武士道』を改めて読まなければならないなと思っていた私にとって、『国家の品格』という本との対面は巡り合わせのような感覚があった。

西欧化した今の世の中が抱えるさまざまな問題の根本にメスを入れる本書は、資本主義経済の抱える矛盾にまで話は及ぶが、日本がもともと持っていた原点に返ることにその解決の糸口を見出している。自動車は環境や安全の面からさまざまな見直しを迫られてきており、著者の指摘する論理の限界は、私が日々の仕事で直面している身近なことだとも言える。日本の自動車が西欧を中心とするプレミアムカーのライバルにどうすれば渡り合えるようになるのか、ステータスシンボルの表現を超えた品位を持たせるにはどうしたらよいのかという、自分たちにしかできないオリジナリティを探求してきたなかに、もし武士道に通じる精神があったとしても不思議ではないのかもしれない。武士という戦いの専門家のイメージとは裏腹に、その価値観には懐かしさをも覚える身近な感覚があり、いまだに現代人や企業に影響を残していることに気付かされる。

しかし、デザインの視点から気になったのは、数学者である著者が、情緒の重要性についてわかりやすく触れている点だ。元来デザイナーは論理で説明しきれない発想の飛躍を得意技とするが、本書では、論理の究極とも思われる数学の専門家の視点から論理の盲点を指摘しており、いかなる論理もそのスタート地点は論理ではないところで設定されるという点が興味深い。

ものづくりの現場で、できない理由を完璧に説明されても、それをやろうとする情熱が勝ってしまうことがしばしばあることに通じるような気がするのである。デザインの機能性にしても、スピードや効率を重視していた20世紀と今とでは設定される論理の出発点が異なり、結果も大きく異なる。デザインが合理と情緒の最適の接点を求める仕事だとすると、合理性で割り切っていた部分にも再考を迫られることになろう。

ところで、私がこの本を読んだのは、「新日本様式」協議会設立の記念式典へ向かう新幹線の中だった。経済産業省と多くの日本企業や個人からなるこの協議会の記者会見で「これまでの日本製品は価格、品質で世界に普及してきたが、低価格商品の追い上げと競争が激化するなか、これからは“品位”で日本製品をブランドとして広く海外でも認めていただきたい」といった主旨が表明された。一企業のブランドイメージ向上もままならないなかで、これは相当壮大な計画である。

しかし日本の変わり目において、デザインもその役割の一部を担うことになっているようだ。(AXIS 121号 2006年5・6月より)

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