『KGID (Konstantin Grcic Industrial Design)』
フロリアン・ベーム 編(ファイドン・プレス 9,240円)
評者 深澤直人(デザイナー)
「つくりながらつかみ取っていく」
この本のダミー(プロトタイプ)をコンスタンティンとファイドン・プレスのデザイン書編集ディレクターのエミリア・テラーニとロンドンで会ったときに見せてもらった。写真や建築やアートの、分厚くて、重くて、きれいな本は、俗にコーヒーテーブルブックと言って、たまたま座ったソファの脇に置いてあったりする、インテリアの一部のような存在として扱われる場合が多い。美しい作品が美しい写真とともにまとめられた、見て楽しむ本といった意味合いが強いからだ。
コンスタンティンもエミリアもそういう本ではないものをつくりたいという合意があることは、そのとき話していてわかった。理由は2つあったと思う。1つは、そういった本はいわゆる作品をきれいに見せるというビジュアル本で、デザインを“見るものとしてのオブジェクト”と捉えている傾向が強く、それは今日のデザインの解釈からするとあまりにも古典的捉え方であると思っていること。もう1つは、コンスタンティンのデザインの魅力は最終的に完成したものの姿だけではなく、彼の仕事のプロセスのなかから湧き出てきた魅力が固まったもので、その生き物のようなナマの魅力をくまなく見せたいという自然な気持ちがあったからだと思う。
コンスタンティンの仕事に対する姿勢は「まじめ」である。もちろん本人自身にも厳しく、周りのデザインにも厳しい。「厳しい」ということが何に対してのことなのかは説明しにくいが、時代の傾向やトレンドといった、デザインのかなり大きな部分を占める要因において影響を受けないこと。人間との関わりのなかで発生する機能をできるだけ忠実に表現していること。装飾はなく、ストイックで形だけの形を否定し、そのものの持つべき意味を妥協することなく追い込んでいく姿勢などを総称して「厳しい」という表現になるのかもしれない。ものをゼロから考えるという強い意志が、彼自身が自らに課した厳しさのような気がする。プロセス上で浮かび上がった形、成された必然を曖昧に薄めることなく表現するから、作品は強い。しかし、それが近寄りがたさや堅さを持たないのは、彼の優しい性格のせいだろう。
デザインをやっていると、これだけはやってはいけないという暗黙の掟みたいなものがあり、その心意気を共有しているということで繋がっている人間関係がある。彼の仕事を見ていると、ときに踏み外しそうになる弱さを戒められる志に触れるのである。デザインに忠実な彼の姿をこの本は余すことなく伝えている。デザインの過程がこんなに魅力的なことかとあらためて感じることができる本である。
表紙に写っている写真は、彼が、友人の誕生日か結婚だったかのお祝いにあげるために「チェア・ワン」を持っていくときのものだと、たしか聞いた。機能も含めて、その椅子に彼の愛が詰まっている感じがする。(AXIS 120号 2006年3・4月より)
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