建築家・柳澤 潤氏インタビュー
「地域とクリエイターが繋がるまちづくりに関わりたい」

建築家・柳澤 潤氏インタビュー
「地域とクリエイターが繋がるまちづくりに関わりたい」

地下鉄みなとみらい線馬車道駅から徒歩5分ほどの静かな道路に面したビルの4階に、建築家の柳澤 潤さんが代表を務める株式会社コンテンポラリーズのオフィスはある。エレベーターの扉が開くとそこには大きな空間が広がっており、中央の書棚をはさんだ手前半分が共有の打ち合わせスペース、奥が作業スペースとなっている。このフロアにはコンテンポラリーズのほか、ウェブデザイン、グラフィックデザインの事務所、設計事務所の4つの会社が入居している。といっても特に部屋を分けたり、仕切りなどがあるわけではなく、1つの空間にそれぞれのデスクが並んでいるというきわめてオープンな環境が印象的だ。

この日、同社は11月11日まで開催中の「OPEN YOKOHAMA 2012」のイベントの1つで、横浜のクリエイターの仕事場を一般公開するという「関内外OPEN! 4」に参加。ひっきりなしに訪れる来訪者を迎えて、スタッフがオフィスを案内したり、模型や資料を使ってプロジェクトの説明などを行っていた。また昨年からは「関内外OPEN!」でクリエイターによるプレゼンのイベントも企画運営している柳澤さん。一般の人にオフィスを見てもらいたいと考える理由や数多くのクリエイターが集まる横浜のまちについて話を聞いた。

株式会社コンテンポラリーズ代表取締役 建築家/一級建築士 柳澤 潤さん

地域に開くためのオープンオフィス

——約3年前にこのビルに入居したとのことですが、それ以前はどちらにいらしたのですか。

世田谷ものづくり学校で、小規模の建築事務所が集まるシェアオフィスを運営していました。建築事務所では規模にかかわらず、建材や部品などのカタログが大量に必要となるんです。カタログを置くスペースが圧倒的に大きいためとても非効率。それを廊下に出して複数の事務所で共有すれば自分たちのスペースがもっと広く使えるんじゃないかと考えたのがシェアオフィスの始まりでした。

コンテンポラリーズが入居するビル

やがて事務所のスタッフが増えたことから新しいオフィスを探していたところ、知り合いからアーツコミッション・ヨコハマがクリエイターの誘致と助成を行っていることを知り、このビルを紹介してもらったんです。建築事務所だった築40年のビルの開放的な空間に一目惚れし、すぐに入居を決めました。入った当初はものすごく汚くて、サッシもほとんど動かないし、床もひどい状態だったのですが、オーナーに相談して自分たちで塗装してサンダーで磨いて念入りに手を入れました。テーブルや書棚も僕らが設計して制作したものです。そして今度は異業種の人とシェアオフィスをやりたいと考え、当社が大家となってインターネットで入居者を募集してスタートしました。

大きな開口部から明るい光が差し込むオフィス内

——オープンオフィスのイベント「関内外OPEN!」にはいつから参加しているのですか。

ここに入居してすぐですね。関内外OPEN!は、もともと近隣にあるアーティストやクリエイターが集まるビルが個々に行っていたオープンスタジオをまとめて広報することで始めたイベントです。「今後はその範囲を広めたい」という話を事務局の方から聞いて、僕も世田谷で同じようなことをやっていたので参加を決めました。世田谷では「クリエイターなどという人間たちが廃校に集まってきて何やらあやしい」と地域の人から白い目で見られているところがあって(笑)。もうちょっと自分たちがやっていることを地域の人に理解してもらおうということで、オープンオフィスを開催していたんです。なので、関内外OPEN!の話があったときは全く抵抗はなかったですね。

広く抜けた空間に4つの会社が入っている。手前のテーブルスペースが共有部分

オープンオフィスでは、模型やシートをテーブルの上に並べておき、参加者が訪問してくるたびに僕らが取り組んでいるプロジェクトの説明をします。イベントの認知度が高まってきているのか、今回は建築関係者だけでなく一般の人がとても多かったです。ご近所の夫婦がふらっとやってきて、30分くらい話を聞いて帰るみたいな。聞くと建築関係ではなく、インテリアに興味があるということでした。

昨年はいくつかある主要エリアごとにオープンオフィスの期間をずらして開催したんです。まずクリエイター同士の交流を図ろうということで互いに事務所を行き来できるようにしたわけですが、かえって一般の集客が少なくなってしまいました。そこで今年は2日間に集約したのですが、僕らは一日中お客さんを迎えていて、ほかの事務所を見ることができなかった。昨年の参加事務所が113組で、今年は170組。今後も参加事務所が増えていくことが予想されるなかで、誰に向けてのオープンオフィスなのか、ということを考えながら毎回試行錯誤しているところです。

異業種のクリエイターがプレゼンする「デザインピッチ」

——昨年から、柳澤さん自ら「デザインピッチ」と呼ぶイベントを企画して関内外OPEN!の期間中に開催していますね。

デザインピッチは異業種のクリエイターが10分の持ち時間で自分たちがやっていることをプレゼンするというイベントで、これも世田谷時代に地域の人に向けて取り組んでいたことなんです。「横浜はみんなで色んな催しをやっていて楽しそうだね」と言われる一方、実はクリエイター同士がお互い何をやっているのかよくわかっていないということを実感していました。そこで昨年初めて、デザインピッチをやってみようと提案したんです。プレゼンそのものが目的ではなく、来てくれる人にどれだけ地域を理解してもらえるか、ということが念頭にありました。今年はファッション、アート、建築、舞踏などさまざまな分野から面白そうなことをやっている人10名を選んで熱く語ってもらったのですが、ネットと口コミだけで120人以上聴講者が集まるという盛況ぶりでした。

——横浜市の職員もプレゼンに参加したそうですね。

去年は横浜市文化観光局の方、今年は横浜市環境未来都市推進担当理事に参加してもらいました。横浜に来て印象的だったのは行政との距離が近いことです。まさに“顔が見える行政”、それがほかとの違いですね。370万人という大都市で、都市デザイン室、文化観光局、都市整備局といった部署の担当者が都市デザインということを真剣に考えている。横浜トリエンナーレのように華やかな大イベントもあれば、地域のまちづくりみたいな地道なプロジェクトもあって、それらをパラレルにやっているんです。

クリエイターがやりたいことがあって手を挙げれば行政が場所を作ってくれるし、支援してくれる環境があると思います。それでいて運営は現場に一任するというスタンスなので、こっちもそれに応えないといけませんが。僕なんか新参者ですが、デザインピッチを提案したらまるごと任せられたので必死でやるしかない。うちのスタッフからは「趣味でデザインピッチをやっている」と言われていますが、大変なので頻繁にはできませんよ(笑)。

模型を展示する書棚の向こうではスタッフが勤務している。

——クリエイターがイベントやオープンオフィスに参加することで、行政やほかのクリエイターとの連携といったことも生まれるのですか。

黄金町の高架下に4つのスタジオをつくるプロジェクトがあって、つい最近全体ができあがったのですが、そのうちの1つを僕とデザインピッチでプレゼンしたクリエイターが一緒に設計させてもらう、ということはありました。

高架下新スタジオ(2011年竣工)の模型

それから今、関内駅の駅前広場の仕事にも関わらせてもらっているところです。関内駅の駅舎改良にともない、駅前に広場をつくっていこうというプロジェクトです。それも単に行政から敷地とプログラムを与えられて「やってくれ」と言われるのではない。横浜市やJR、地域の人と一緒に考えてつくっていくんです。とても柔軟なプロジェクトで、僕も楽しみながら関わっています。

関内駅前広場検討案の模型

地域とクリエイター同士の繋がりを深めたい

——ところで横浜ってどんな街なのですか。

おせっかいな街、ですかね(笑)。もちろんいい意味で。街に出ると誰かしらに会うことが多いです。誰が何をやっているか、何となく知っていて、それでいて距離を取りたいときは取れる。

昨年、「これヨコ」(これからどうなる? ヨコハマ研究会)というのが発足して、3カ月間にわたってボランティアが100人くらい集まって毎週議論してきたんです。歴史建造物保存、公共建築、賃貸問題など、参加者自身がやりたいテーマを持ち寄ってチーム分けして。先日、その内容が本にまとまったのですが、こういう取り組みも珍しいなと思います。ボランティアの議論がいきなり何かになるわけではないけれど、都市デザインについて考えている異業種の人たちが横浜にこれだけいるということ。それがすごい。

行政に関しては、都市計画とまちづくりの両方で熱心な人がいて、さまざまなプロジェクト単位で動いています。僕が東京や地方で公共建築に関わっていたときに比べると、ハードとソフトがきちんと動いている成熟した自治体だと思うんです。ただ成熟しているがゆえに、トップや担当者が代わることで都市デザインのポリシーも変わるという難しさもある。街のあり方が市民にきちんと伝わるようなプロジェクトをやっていきたいという熱心なキーマンが横浜行政にはたくさんいるので、僕らとしてはそういう人たちと一緒にこれからの横浜を考えていけたらと思っています。

——今後は関内外OPEN!に関してどのような展望を持っていますか。

毎年、誰にむかってオープンするのか、という答えが難しいんです。基本的には来てくれるお客さんのため、ですが、参加事務所170組がまだちゃんと繋がっていないのでそちらが先決ではないかという考え方もあります。個々の事務所が情報発信することも大事なんだけれども、横の連携があれば発信できることがもっとあるかもしれません。このあたりに170組もクリエイターがいるのか、と驚いているのはむしろ僕たちのほうだったりするので(笑)。地域向けとクリエイター向け、両方やるためにはどうすればいいか、ということを今後もしばらく模索していくことになるでしょう。

個人的にはもっとオープンオフィスの敷居を下げて、最終的には横浜スタジアムでイベントができるくらいにしていけたらいいな、なんて思っています。4万人の観衆を前にデザインピッチ。それが僕の密かな野望でもあるんです。(インタビュー・文/今村玲子)

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