『家族をつくった家』
芦原太郎 著(インデックス・コミュニケーションズ 1,680円)
評者 佐藤 卓(グラフィックデザイナー)
「人の生涯、家の生涯」
この本は『くうねるところにすむところ』というシリーズの4冊目にあたる。建築家が建築を題材に絵本形式で、その思いを子供たちのために描いている。この第4弾は、建築家、芦原太郎氏が建築家であった父、義信氏の設計した自分たち家族の家を語っている。もちろん、その家で芦原太郎氏も育った。建築家であった父は時とともに家族の家を増改築していく。その増改築ぶりが、本人が建築家だけあって痛快である。この本は、刻々と変化していく家族と家の関係をわかりやすく語り、描いている。芦原太郎氏は、家とはそのようなものであることを小さな頃から刷り込まれていたのである。
そもそも、家とはなんぞや。大人も考えさせられる絵本である。建築というと「動かし難い、絶対的なもの」というイメージが今でもわれわれにはある。一度家を手に入れたら、自分の家であるにもかかわらず、それに手を加えることすら、設計者に対して失礼にあたるような、尊厳なものに対して冒涜するかのような、そんな感じがある。人や環境が変化しても、家に合わせて生活をする。それに対して疑いすら持たない。それが一概にいけないことだとは思わないが、家はそもそも人の生活のためにある。人の生活は刻々と変化する。家族構成が変わるという物理的要因もさることながら、考えや生き方自体も変わる。それであれば家は、人の生活とともに変化してもいいのではないか。
父、義信氏が亡くなった後に発見された29歳のときに綴った原稿のなかに、すでに「住宅は家具の様になる!」とある。この言葉は、木造建築が主であった日本の家の適応性をも表している。木であれば生活に合わせて柔軟に対応が可能であるからだ。つまり、動くことを前提に考えるということ。それはつまり決めないということを前もって決めること。これはすべてを決めて動かさないということとは全く異なる考え方である。
この絵本は芦原太郎氏の本であるが、本人の建築を語っていない。自分もそのなかで生活してきた父の建築を語ることで、今、建築家としてこの絵本のなかで語るべきことを見つけている。これが特徴的なところである。そのことによって家というものを体験とともに、客観的にそして立体的に語っている。子供は難しいことはわからない。けれどもこの絵本からは、家というものが生きもののように伝わることだろう。そして将来、この絵本を読んだ子供が大人になって、ハイテク化し壁に釘の1本も打てない家を眺め、住まいについて思う日が来ることだろう。その人が世の中に大きな影響を与える人になる可能性だってある。
子供の教育が将来に向かって今、いちばん大切なのかもしれない。子供のためとはいえ、内容を自然にそして的確に伝えている本の装丁、レイアウト、使用されている丁寧な文字の扱いなど、巷にある子供向けの絵本に見るような子供っぽいところは微塵も感じられない。(AXIS 118号 2005年11・12月より)
「書評・創造への繋がり」の今までの掲載分はこちら。