今から20年前の1992年6月、東京大学に人工物研究センター(RACE: Research into Artifacts, Center for Engineering)という組織が設立されました。この研究センターが設立された背景については、ウェブページに詳しいので、ここでは省略しますが、ひとことでいえば「アブダクション(仮説形成)」という人間の推論過程を軸として、「ポスト大量生産時代のものづくり」や「人工物のライフサイクル」を、さまざまな視点から研究することを目的としてつくられたものでした。詳しくはこちら。
このプロジェクトには、原子力工学科のメンバーも参加していて、吉川弘之先生の「人工物工学の提唱」のテキストが、東京電力の広報誌の『イリューム』に掲載されていたことは、2011年3月11日以降に振り返ると何やら示唆的です。今はなき、東大駒場第二(リサーチ)キャンパスの13号館(現在は生産技術研究所の総合研究実験棟)の2階にあったセンターには、当時確か2,000万円ほどもした、光硬化性樹脂を用いた、光造形による3Dプリンタがありました(上の写真)。当時の3Dプリンタは高価なだけでなく、主に樹脂の扱いが「きつい」「汚い」「危険」の3K仕事でもありました。
それらを用いて学生たちと試作したのが、この3Dプリンタと3Dスキャナー(上の写真)をウェブ(VRML)で結んで、プロトタイプを共有することで分散デザインを可能にするシステムです。PWT(Physical World Transmitter)と呼んでいたこのシステムを用いて、僕らはまず、おもちゃのラバー・ダックを複製してみました(下の写真)。
95年に開園した、荒川修作=マドリン・ギンズの養老天命反転地に触発され、同僚(当時)の桐山孝司さん、東京芸術大学の取手キャンパスにあった木材造形工房の方々(橋本 学さん・柴田克哉さん・松村 真さん)と共同制作したのが「アブダクション・マシン1号(AbM-1)」という、木製のモジュラー家具でした(下の写真)。
家具パーツをさまざなパターンで配置することで、マーク・ジョンソンのイメージ・スキーマを空間的、身体的に構築することができる、認知意味論にもとづいてデザインされた家具システムです。
各家具モジュールの高さは、コルビュジエのモジュロール同様に、フィボナッチ数列によっていて、いくつかのモジュールを積み重ねることで、椅子、机、立ち机など、さまざまな身体の姿勢が出現します。そんなAbM-1を、家具でつくる天命反転住宅といってもいいでしょう。PWTは、このAbM-1の手作りのプロトタイプの複製と共有にも用いられました(下の写真)。
ライターの山岡淳一郎さんの協力によって、AXISギャラリーで展覧会も行われました(下の写真)。
このAbM-1は、制作から20年近くたった今なお、多摩美術大学の僕の研究室で、日々使用されています。AbM-1はアカマツの木でつくられているのですが、木の家具は使い込めば使い込む程、本当にいい味が出てきます(下の写真)。
そして、このAbM-1のある部屋が、僕の現在の勤務校と母校のコラボレーションによる衛星芸術プロジェクトの地上局となり、制作中の世界初の芸術衛星INVADERのデザインには、3Dプリンターによるプロトタイピングが活用されています(下の写真)。
20年前に夢みた、デジタルものづくりの世界が脈々と継続し、その間に技術も社会も成長し、それが今、例えば、FabLabとして身近なものになったのです。(文/久保田晃弘、FabLab渋谷・多摩美術大学)
お知らせ:
その1 FabLab渋谷と多摩美術大学情報デザイン学科の助手・副手によるメンバーが中心となって、TDW(Tokyo Designers Week)2012のコンテナ展に参加します。2025年の生活をテーマにしたこの展示では、3Dプリンタやカッティングマシンが、今日の電子レンジのように一家に一台ある生活を想定し、つくることと使うことが一体化した未来の生活を提案します。ぜひ、ご来場ください!
その2 FabLab Japanが2012年度のグッドデザイン賞を受賞しました。僕らの理念や活動を、さまざまな人が支持してくれたことを嬉しく思うと同時に、受賞したことの責任も痛感しています。今後とも忌憚ないご意見とご支援の程、よろしくお願い致します。
この連載はFabLab Japanのメンバーの皆さんに、リレー方式で、FabLabとその周辺の話題についてレポートしていただきます。