vol.21 ワイヤレス・ヘッドフォン
「パロット ズィク」

フィリップ・スタルクと言えば、少し前に、生前のスティーブ・ジョブズからの依頼で、ある革新的なアップル製品のデザインを手がけていると発言して話題となったことが記憶に新しい。

そのニュースを耳にして思ったのは、彼の作品に特徴的な象徴性の強さや時に過剰とも思えるディテールの表現が、果たしてミニマリズム的アプローチを採るアップルデザインと相容れるのだろうかという心配だった。

しかし、この仏パロット社の最新ワイヤレス・ヘッドフォンである「ズィク(ZIK)」(7月発売予定、39,900円)に触れたとき、テクノロジー指向のメーカーとタッグを組めば、スタルクデザインもこんなふうに変わるのかと感じた。

というのは、ズィクの場合、金属アームのフォルムやハウジングの外側に見える音響ポートなどにスタルク特有の有機的な造形が見られるものの、全体としてはシンボリズムを抑え、機能に忠実な幾何学的造形でまとめられているからだ。これは、同じスタルクが手がけたパロット製品である、ワイヤレス・フロアスピーカーの「ズィクム(ZIKUM)」とも異なる方向性と言える。

実際、ズィクのデザインでスタルクが目指したのは、身体の延長としてのプロダクトだったという。つまり、ヘッドバンドは頭蓋骨に寄り添うものであり、イヤーカップは耳が拡張した存在であると考えて形づくられている。その結果、ズィクはスタルク作品にしては遊びの要素が少なく、強烈な個性を感じることはないものの、他には見られない形の組み合わせが独自の存在感を放つ製品に仕上がった。

この形はズィク独自のファンクションとも無縁ではなく、例えば、装着時に右側にあたるイヤーカップの平面的なサーフェスは、前後のスワイプで曲のスキップ(ブルートゥース接続時のみ有効)、上下のスワイプで音量調節を行えるタッチパネルになっている。

タッチ操作は電話の着信時にも有効であり、シングルタップで応答、2秒の長押しでボイスメール機能への転送、通話中は上下のスワイプで音量調節というように機能する。また、イヤーパッドはシボ加工された合皮で覆われており、そこに指を滑らせる感覚が心地よい。

他にも、4つの内蔵マイクを利用した高度なアクティブ・ノイズリダクション処理や、ヘッドフォンを外して首回りに置いたときに音楽再生を自動的にポーズさせる着脱センサーの存在、ハンズフリー通話をより明瞭に行うための骨伝導センサーの組み込みなど、その位置や皮膚との接触具合に関してさまざまな制約のある要素が盛り込みつつ、全体をシンプルに構成することは、デザイナーとエンジニアの双方にとって難しい作業だったものと思われるが、その苦労の跡は完成した製品から見事に消し去られている。

最新のオーディオ製品らしく、ズィクにもiOSとアンドロイドデバイス向けのコントロールアプリが無償提供されており、特に、音響特性や音源の仮想的な位置を自在にコントロールできる「コンサートホール・イフェクト」は、その効果、インターフェースともに秀逸である。

ズィクは、ワイヤレスであることのメリットとスマートフォンとの連携を真剣に考え、この分野の製品として新たな基準となるデザインを備えた製品と言って良いだろう。




大谷和利/テクノロジーライター、東京・原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーであり、自称路上写真家。デザイン、電子機器、自転車、写真に関する執筆のほか、商品企画のコンサルティングも行う。近著は『iPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』『43のキーワードで読み解く ジョブズ流仕事術:意外とマネできる!ビジネス極意』(以上、アスキー新書)、『Macintosh名機図鑑』『iPhoneカメラ200%活用術』(以上、エイ出版社)、『iPhoneカメラライフ』(BNN新社)など。