REPORT | ファッション
2012.04.19 15:04
本展は、これまであまり知られていなかった「型紙」を本格的に取り上げた展覧会である。日本における型紙の歴史や意匠を紹介すると同時に、19世紀終わりからヨーロッパで流行したジャポニスム旋風に乗って海外へ渡った型紙約80点が“里帰り”、それらが世界各地で展開されたデザイン運動にどのような影響を与えたのかを考察している。展示作品数は、欧米と日本をあわせ400点を超えるという。
型紙とは、着物の反物などに文様染を施すために用いる紙製の型のこと。型を用いた染織技法は奈良時代の木型を用いた防染に始まるが、鎌倉から南北朝時代には紙製の型が用いられるようになったという。江戸中期以降には町人女性のあいだで小紋や中形(ちゅうがた、主に夏用の木綿浴衣のこと)と呼ばれる文様染が流行。高価な染織品を比較的安価に生産できる技法として飛躍的に発展したそうだ。
▲ 型紙の展示。当時の日本では文様染の道具の1つにすぎなかったが、その意匠性や精巧さにかつての欧米の人々は大いなる影響を受けたという
では、型紙はどうやってつくられるのか。まず、熟成させた柿渋を和紙に塗って貼り合わせ、強度のある地紙をつくり、小刀で文様を彫り抜いていく。染める際には、反物の上に型紙を位置合わせをして置き、上からペースト状の防染糊を塗布。その作業を一反分、1枚の型紙で繰り返していく。その後、生地を染めると、洗ったときに糊を載せた部分のみが白く抜けて残るというわけだ。
この型紙が19世紀半ば以降、大量に海外にもたらされた。万博や日本の文物を紹介する商店などを通じ、英国、米国、フランス、ベルギー、ドイツ、オーストリア、オランダなどに紹介され、各国のデザイナーや企業が、製品のアイデアの源泉としてこぞって手に入れたのである。当時の欧米では、日本の工芸品や浮世絵などが多くの芸術家に愛好され、ジャポニスムと呼ばれる芸術潮流が起こっていた。同時に、産業革命を経て勃興した富裕層の生活を飾るための製品が求められ、見た目に美しく、かつ効率的、大量生産に向いた型やパターンという考え方は受け入れやすかったと分析する。
▲ 英国ウィリアム・モリスの壁紙(1862年、1864年製作)と型紙「桜に格子」
▲ 英国ウォルター・クレインの壁紙(1878年頃)と、参照したとされる型紙
本展では、欧米各国でつくられたテキスタイル製品などと、日本の型紙を並列させて展示。デザインの類似性から、欧米の製品が型紙の文様を参照したのではないかと推察させる工夫をしている。それらを見ると、例えばウィリアム・モリスの壁紙と日本の型紙の文様がそっくりそのままと言わないまでも、影響を受けたであろうことは想像できる。型紙のデザインが応用されたのはテキスタイルや壁紙に止まらず、本の挿絵(ビアズリー)、ガラス工芸(ガレ、ラリック)、広告ポスター(ミュシャ)、建築意匠や家具(マッキントッシュ)といった多岐にわたる。また、ユニークな使われ方としては、ドイツの工芸学校で学生向けの教材に導入されたケースもあったという。
▲ 英国リバティ商会「シラン・シルク見本帳」(1900〜05年頃)と型紙「梅に変り芝翫縞」
▲ 米国ルイス・コンフォート・ティファニーと工房によるガラス工芸製品(1905〜20年頃)
海外のデザイナーや企業が、型紙本来の用途や背景をどの程度理解して参考にしたのかは定かではない。和歌や古典、歌舞伎などに由来する文様や、日本独自の季節観に合わせたモチーフの取り合わせなどは、おそらくさほど重視されることなく、素直に図像としての目新しさが抽出されたと考えられる。しかしだからこそ、さまざまな製品分野での自由な応用が可能だったのではないだろうか。
▲ フランス、フランク・ブラングィンによる「アール・ヌーヴォー」店外壁ステンシルのための型紙(1895年頃)
▲ フランス、エミール・ガレによる家具(1880年代〜1900年頃)
アーツ・アンド・クラフツ、アール・ヌーヴォー、ユーゲント・シュティールに代表されるデザイン運動、ジャポニスムのイメージソースの一端が日本の型紙にあり、しかもそれがテキスタイルなどの現代の製品にも継承されているという本展企画チームの冒険的な研究と仮説は興味深い。100年前の日本では使用済みの道具でしかなかったものが、全く異なる価値観で受け止められ、デザインの可能性を広げた経緯を実感できる本展。異なるものを徹底的に取り入れ、自らのイメージソースにしていった当時のデザイナーたちの意欲旺盛な態度もまた、新鮮に映るのではないだろうか。(文・写真/今村玲子)
▲ ブリンストンズ社(カーペット)、バーリー社(茶器)、バックハウゼン社(家具ファブリック)など、現在もつくり続けられている製品
「KATAGAMI Style — 世界が恋した日本のデザイン」
会 期:2012年4月6日(金)− 5月27日(日)
会 場:三菱一号館美術館
開催時間:[火・土・日・祝]10時〜18時、[水〜金]10時〜20時
休 館 日:月曜(4月30日と5月21日は開館)
入 館 料:大人1,400円 高校・大学生1,000円 小・中学生500円
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ