原美術館
「杉本博司 ハダカから被服へ」展 レポート

東京・品川の原美術館で現代美術家、杉本博司の個展が開催中だ。

写真というメディアの本質を問い、緻密な計算と高い技術に基づいた杉本博司の作品は、世界的に高い評価を得ている。これまでに劇場や海景、建築などのシリーズを手がけてきた氏が、本展の中心に据えたのが衣服の写真「スタイアライズド スカルプチャー」である。

いわゆるファッション写真とは異なり、文字通り「衣服を彫刻として見る」というのが本作の大きな狙いの1つ。本展では、1920年代から90年代にかけて発表された服の写真15点を展示する。服がデザインされた時代によって理想の体型が異なるため、各時代のマネキンを集め、ないものは制作したという。またモノクロ写真で諧調を美しく表現するためにマネキンをグレーに着色するなど、細かい調整を施したともいう。

展示風景

スタイアライズド スカルプチャー 025[ガブリエル・シャネル 1926年頃]
2007年 ゼラチンシルバープリント
杉本自らその服のコンセプトや背景を読み解き、焦点を当てる。「透けるような絹シフォンのドレスは、時代の先を見透かしているようだ」(キャプションより)。氏は「女性がしめつけから解放される象徴のようなもの」だとも語った

スタイアライズド スカルプチャー 023[マドレーヌ・ヴィオネ 1925年頃](部分)
2007年 ゼラチンシルバープリント
キャプションによると、ヴィオネはヨーロッパにおけるジャポニズムの影響を受けたデザイナーのひとり。細かいピンタックで「流水文」を表現した

撮影の方法は、マネキンに服を着せて一方向から光を当て、8×10の大判カメラで約10分間シャッターを開け放すというもの。こうして薄暗い背景の前に、生地のテクスチャーやドレスの形などが繊細な陰影となって浮かび上がる。モノクロのため色彩の情報が取り除かれ、鑑賞者は純粋に衣服をほぼ等身大の造形として見ることになる。

展示風景

展覧会では撮影に用いられたエルザ・スキャパレリのドレスが1点展示されている。このイブニングドレスは、原美術館が建設された1938年頃のもの

本シリーズを通して、杉本の視点は人類史における衣服の歩みにも向けられる。「ハダカではいられない人間の自意識とは一体何なのか。被服という、人間の文明において最も特徴的な現象を取り上げたかった」と杉本。特に近代に注目したのは、「人類文明のなかで生活スタイルが急激に変化した時代だから。人間の欲望がコントロールできず、自然を壊しながら自滅に向かっていく。そんな時代の有り様を衣服を通じて改めてとらえたい」と語った。

会場では導入として、古美術コレクターとしても知られる杉本の所蔵品のなかから、榎本千花俊の日本画や18世紀の解剖図などが展示され、人間が自らのハダカを隠し装飾することの意味を問いかける。

続いて廊下には、博物館に展示された類人猿の再現模型や蝋人形館の歴史人物像を撮影した「ジオラマ」「肖像写真」シリーズが並び、メインの新作シリーズへと物語をつなげる。杉本が「紙芝居仕立て」と説明するように、各写真に添えたキャプションも杉本自身によるもので、各時代における衣服の役割やポイントが楽しくわかりやすく解説されている。それらを読みながら会場を進むことで、全体を壮大な服飾史、精神史としても眺めることができるだろう。

再現模型を撮影した「ジオラマ」シリーズ(1994年)より

会場2階には、三宅一生をはじめ川久保 玲や山本耀司といった日本人デザイナーの作品を集めた。70~80年代、パリコレクションに「殴り込みをかけるように、鮮やかに登場した」(杉本)デザイナーたちの気概とチャレンジ精神に、同じく海外で活動するつくり手として敬意と共感を示したものといえるだろう。「(中略)いたるところに引きつれあり。いけないことを沢山取り入れることで、世の中にやっていいことと悪いことが無いことを示した」(「川久保玲 1994年」のキャプションより)など、杉本の軽妙洒脱で的確なコメントも見どころだ。

スタイアライズド スカルプチャー 012[三宅一生 1994]
2007年 ゼラチンシルバープリント

最後の部屋で、川久保 玲のデザインがフィーチャーされる

「本展で最も力を入れたのは造園」と冗談交じりに語った杉本。通常の展覧会ではふさがれることの多い窓を開放し、美術館の庭を見えるようにした。杉本自身が開催直前まで手入れをしたという庭には、逆さにした竹箒を120本つなげて垣根をつくり、「アートのほうき かえりな垣」と名付けるなどユーモアも感じさせる。このほか、昨年演出を手がけた文楽や狂言の衣裳なども展示され、日本の古美術や伝統文化に精通する氏ならではの近年の取り組みが一望できる内容だ。

サンルームに展示された数理模型の作品「負の定曲率曲線 双曲型の回転面」(2012年)と、庭に設置された「アートのほうき かえりな垣」(2012年)

なお、現在、渋谷のシアター・イメージフォーラムでドキュメンタリー映画「はじまりの記憶 杉本博司」を上映中だ。作家の創作現場に長期密着したもので、写真や現代美術のみならず、建築や伝統芸能に対する造詣の深さ、古美術コレクターとしての一面など多面的な作家の素顔に迫っていて、83分の上映時間はあっという間だ。(文・写真/今村玲子)


*トップ画像は、スタイアライズド スカルプチャー 008[イヴ・サンローラン 1965年頃]2007年 ゼラチンシルバープリント
*「スタイアライズド スカルプチャー」シリーズの衣装はすべて、公益財団法人京都服飾文化研究財団の所蔵
*写真作品はすべて、 ©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi


「杉本博司 ハダカから被服へ」

会  期:2012年3月31日(土)~ 7月1日(日)

会  場:原美術館

開催時間:11:00~17:00(水曜日は20:00まで)

休 館 日:月曜日(ただし4月30日は開館)、5月1日(火)

入 館 料:一般1,000円、大高生700円、小中生500円



今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ