REPORT | サイエンス
2012.03.22 13:33
東京・お台場の日本科学未来館で、「世界の終わりのものがたり〜もはや逃れられない73の問い」展が開催されている。
「終わり」について来場者ひとりひとりに真正面から向き合い、考えてもらうというチャレンジングなこの企画は、2年以上前から同館のキュレーターや科学コミュニケーター(研究経験を持つ同館スタッフ)が中心となって進めてきた。環境学、海洋学、経済学、気象学、情報学、医学、生物学、哲学、社会学など40人余りの研究者に取材し、集めた100以上の問いから73を厳選。4つのセクションを通して来場者に問いかける構成だ。
▲会場内を森に見立て、三角柱の“木”に1つずつ質問が書かれている
▲シンプルながら奥深い問いの数々
「あなたの人生で一番心配なことはなんですか」「永遠の生を手に入れることができたら、ほしいですか」など、個々人の身の回りにあるリスクや死、テクノロジーの発展に伴う文化や資源の終わり、そして世界そのものの終わりへと徐々にスケールの大きな「終わり」に向かっていく。どの質問もシンプルだが、改めて問われると深く考えさせられるものばかりだ。
▲「1. 予期せぬ終わり」セクションで紹介される「リスクマップ」。戦争、交通事故、大気汚染といったデータのマップを重ねていくと、世界のどこに行ってもリスクから逃れられないことがわかる
▲世界にさまざまなリスクがあることを理解したうえで、それらとどう向き合うか。自分でコップにビーズをすくって答えのシリンダーに注ぐ
問いの傍らには示唆となる科学的トピックやデータが展示されている。例えば命の終わりについて考えるセクションでは、老いては若返りを繰り返すベニクラゲの映像、ゾウとネズミの心拍音を比較する模型などが紹介される。来場者はこれらの資料を助けに、老いとは何か、寿命とは何か、自分なりに考えて答えを探す。趣向を凝らした展示の数々は楽しく、手で触れられるものが多いのもハンズオン展示に力を入れてきた同館ならではといえるだろう。
▲「2. わたしの終わり」セクションでは寿命などをテーマにした問いが続く。この展示は寿命の異なるゾウとネズミの総心拍数が同じであることを示す
▲たとえとして永遠に味が続くガムのイメージを示し、“永遠”とは本当に幸せなのかを問う展示
▲老いとはただ衰えることなのだろうか。年齢を重ねるごとに円熟の魅力を増す歌手の歌声を比較
▲「どのような最期を望みますか」という問いには、1つの示唆として脳死に関するデータや人工呼吸器などの延命装置を展示。あらかじめ医療行為や臓器提供の可否を書いておく「アドバンス・ディレクティブ(事前指示)」の概要なども紹介される
来場者は、付せんにペン書き込んだり、端末に入力したり、二択のどちらかにマグネットを貼り付けるといったかたちで答えをその場に記録する。ほかの来場者と回答を共有することも本展の狙いの1つだ。会場ではふたり連れやグループ客が、質問や他人の回答を前に語り合う様子が数多く見られた。
時に哲学的であったり、皮肉やギャグであったり、来場者の数だけ答えがある。スタッフがこれらの回答を随時デジカメで記録しており、今後何らかの資料として発表する可能性も考えているとのこと。
▲質問に対し、付せんに答えを書き込んで貼っていく。来場者の答えを共有することも本展の狙いの1つ
▲「どこまでがわたしなのでしょう」という問いには、植込型ペースメーカーや生殖細胞(映像)などの資料とともに来場者の付せんが貼られる。来場者の回答によって展示が補完される仕組み
▲73問中3つの問いには、会場の端末やウェブサイトから書き込むことができる。「生きているってなんでしょう?」という問いに対し、すでに数多くの回答が寄せられている
3つ目のセクション「3. 文化の終わり」は、テクノロジーについての質問だ。例えば、地球環境を意図的に操作するジオエンジニアリングの1つとして、成層圏に硫酸エアロゾルを注入し、人工的に雲を発生させて気温を下げる技術を紹介。地球温暖化を防ぐ効果があるとされる一方で、環境に対する悪影響や青空がなくなるといったリスクも考えられる。「それでも使いますか」ーー。その答えは私たちに委ねられているのだ。
▲硫酸エアロゾルを発射するボタン(イメージ)の展示。ボタンを押すと画面の青空に変化が現れる
▲「3. 文化の終わり」セクションでの問い。圧倒的に「テクノロジーとともに生きる」ことを選ぶ人が多い
そして最終セクション「4. ものがたりの終わり」では、さまざまな「終わり」の積み重ねのうえに自分たちが生きていることが示唆される。そのことを認識したうえでこれからどう生きるのか、何を始めるのかを来場者に問い、展示は終わる。
▲「ものがたりの終わり」セクションでの問い
「2、3年前から原案をつくり、カタチにしようとしていたときに震災が起きた。内容を見なおしたうえで本展に至っている。普段の生活の中では、終わりについて考える機会は少ない。改めて終わりについて考え、最終的に今生きていることを実感してもらえたら」と主催側は話す。
決して重圧的な内容の展覧会ではないのだが、「終わり」という言葉が持つ“重さ”を和らげるため、タイマタカシ氏による軽妙なイラストレーションや、中原崇志氏による森をイメージした軽やかな空間構成といった工夫がなされている。12面体スピーカーを使ったサウンドの効果も重要な展示要素の1つとして、来場者が答えを探す旅を手助けしてくれるだろう。(文・写真/今村玲子)
▲ちなみに7階のレストランでは本展との合同企画としてお代わり自由の「終わらないナポリタン」というメニューが
「世界の終わりのものがたり〜もはや逃れられない73の問い」展
会 期: 2012年3月10日(土)〜 6月11日(月)
会 場: 日本科学未来館 1階 企画展示ゾーンa
開催時間:10:00〜17:00(入館は閉館30分前まで)
休館日: 火曜日(ただし、3/20、3/27、4/3は開館)
入館料: 一般 大人1,000円 18歳以下300円
空間・展示デザイン: 乃村工藝社、中原崇志
展示制作・施工: 乃村工藝社
グラフィックデザイン:氏デザイン
イラストレーション: タイマタカシ
ウェブ・映像制作: DENBAK FANO DESIGN
照明デザイン: 岡安泉照明設計事務所
サウンドデザイン: evala(port, ATAK)
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ