コンスタンティン・グルチッチに聞く
「学校や生徒のための椅子をデザインするということ」

皆さんは学校の教室でどんな椅子に座っていましたか? 私のように昭和の時代に学校に通っていた世代は、あの古い木の椅子をとても懐かしく思い出すことでしょう。背もたれと座面の角度が直角で、姿勢をよくしなくちゃと背筋を真っ直ぐに伸ばして、じっと黒板と先生の方を向いていました。そんな時代から、生徒の生活や学習のスタイルが大きく変化しているのに、ドイツの多くの学校の椅子は未だコンピュータもなかった時代のままのようです。スクールファニチャーの業者が少なく、ブランド間の競争意識が低いことも背景にあるのでしょう。国の定めた厳しい規格や価格をクリアーしているものの、デザインは蚊帳の外という印象を受けます。

そういう教育現場でのデザインの現状に物申す!と言わんばかりに、伝統あるストリートファニチャーメーカーのフレートットー社(Flötotto)がコンスタンティン・グルチッチとのコラボレーションでイノベーティブなスクールチェア「PRO(プロ)」を開発しました。

Photo by Oliviero Toscani

ハノーファーのフリチョフ・ナンセン基礎学校では2000年から「活発学校」というプロジェクトを実施。そこでの調査では、子供たちは身体を動かし姿勢を変えて座るほうが学習効率にも健康にもずっといいという結果が出ていました。そこで、“アクティブ”な座り方、”フレキシブル”な座り方、”ダイナミック”な座り方を可能にするという「PRO」は、生徒の学習意欲をサポートしてくれるのはちろん、休み時間のおしゃべりの楽しさも増してくれるはず。

「PRO」のルーツは1950年代にフレートットー社で開発された「フォルムジッツ(Formsitz)」というモデルに遡ります。ミッドセンチュリーモダンな椅子で、ドイツの学校や役所でのスタンダードとなり、2,000万脚も販売されました。当時からすでに、フレートットー社は、建築家や教育関係者とチームを組んで合理的な教室用システム家具を開発するなど、ドイツにおけるスクールファニチャーのパイオニアでした。

フレートットー社の「フォルムジッツ(Formsitz)」

2007年には経営難に追い込まれ、工場閉鎖、従業員解雇というニュースが流れ、メイド・イン・ジャーマニーを誇る家具メーカーもこれで終わりかと思われた時期もありました。しかし今、創立者の孫のエルマーさんと曾孫のフレデリックさん父子がブランドを譲り受け、再興に向かっています。生産技術のモダニゼーションへも350万ユーロを投資。東ヴェストファーレン地方のリートベルクという小さな街に本社とショールーム、デルブリュック=ヴェステンホルツという田舎に工場があります。

「PRO」コレクションはこの2月14日からハノーファーで開催された欧州最大規模の教育研修機器見本市「ディダクタ(didacta)」で教育産業界の専門家にプレゼンテーションされましたが、これに先立ってプレミアとなったケルン国際家具見本市で、グルチッチ自身にこのプロジェクトについて語ってもらいました。

プロジェクトはどんなリサーチから始まったのでしょうか?

このプロジェクトを始めたとき、僕自身かれこれ25年も学校に足を運んだことがなかった。だから、スクールファニチャーとは何なのかを理解する、そんな根本的なことから始めないといけませんでした。実際に教室を見てみると愕然とする現実があった。学校には新しい家具のための予算がなく、僕が通っていた頃とほとんど何も変わっていなかったんです。ここに大きな問題があるのです。ドイツの場合、義務教育は公立学校がほとんどですから、スクールファニチャーは自治体が購入するジステムです。一般的な競争市場というものがなく、4〜5社の専門メーカーだけで、どのプロダクトも似たり寄ったりでした。

内輪の業界人ではない僕たちにはアウトサイダー的にスクールファニチャーというものの本質を探るチャンスが与えられていました。いろんな学校に出向いて先生や生徒と話したり、椅子を購入する決定を下す役人や壊れた椅子を修理する用務員さんからも話を聞いたり。そうしてだんだんスクールファニチャーはなぜそうなっているのかが理解できました。

ドイツ教育省の調査結果からも明らかなのですが、じっと動かずに座っているよりも、身体を動かすほうが子供の注意力も増し、集中力も向上するのです。それに身体を動かすことは子供の筋肉の発達にも役立ちます。本当に僕たちの頃とは正反対の認識ですよね。

自分では学校でどんな机と椅子を使っていたか覚えていますか?

僕が学校に通っていた頃は、まだ古き良き木の椅子で、机には落書きや切り傷があちこちに残っていた。もちろん僕もその伝統に逆らわず痕跡を残しましたけどね。低学年の頃は1年間同じ教室で同じ机と椅子を使っていたので、自分の椅子・自分の机というように、スクールファニチャーとも個人的な関係を持つことができた。けれど、高学年では授業毎に教室を移って、そういう関係を築くことができなかった。

いつの頃だったか緑色は心を和らげるいう理論が波及して、学校の家具が突然なんでもかんでも緑色、それも学校のインテリアにどう考えてもマッチするはずがない本当にひどい緑色だらけになったことがあったんです。黒板も緑色。僕はずっと学校というものが嫌いだったけど、あの緑色の教室も大嫌いでした。

ドイツの子供は義務教育期間トータルで平均23,000時間を学校の椅子に座って過ごすそうです。これだけの時間を共にするのに、今の生徒たちにとってクールな椅子のデザインって本当に見当たらないですね。

本来なら、自分たちが生きている時代に合うクールな椅子に座って学習するのは当然のことのはずです。椅子ってアイデンティフィケーションの問題も重要で、機能すればそれでいいっていう家具ではない。その椅子が気に入って好きになれば、自然と座り心地もよくなるのではありませんか。今日の生徒のためにあるべきものは、今までの一般的なスクールファニチャー像とは全く違うデザインなのです。

これはとてもリアルな問題で、デザイナーとしてもやりがいがありました。デザインで現代社会の中の何かを変えることができるんじゃないかという実感があった。安定性や防火性、寸法など現代のスクールチェアに要求される項目をすべてクリアするデザイン。そのデザインが同時に美しさの表現でもなければならない、この点が大きな挑戦でもありました。

フレートットー社というとバグホルツ(合成樹脂液を含浸したブナ材の極薄板を高温・高圧で圧縮成形した一種のラミネート合板)というマテリアルがトレードマークだったのですが、「PRO」はカラフルなプラスチックのシェルになりました。

バグホルツはプラスチックに比べてどうしても2次元的な成形になり、自由な造形という点で限界があります。僕たちは、よりインダストリアルでコンテンポラリーなデザインのスクールチェアを目指していました。普通はプラスチックの椅子だとガラス繊維が20〜30%混合され、プロダクトが重くなるとともに、価格も高くなり、染色も難しくて表面にムラができたりします。「PRO」のシェルは100%ポリプロピレンで、他のプラスチックよりも軽くてエコロジカル。放課後の掃除のために椅子を机に上げるのも楽なんです。

また、スクールファニチャーのデザインで忘れてはならないのは価格です。その点でもプラスチックのほうが木より適していました。そして独特の「PRO」だけのフォルムができあがったと思います

Photo by Oliviero Toscani

「PRO」は教室だけでなく、オフィスや家庭、さらにはカフェなど商業施設でも使えるマルチユースな椅子になりましたが、最初からそういう狙いがあったのでしょうか。

いいえ、最終的なフォルムに達してから初めて教育産業の境界線を越えられるのではと気がついたんです。「PRO」には2つの顔がありますよね。正面から見るとどちらかというと厳しい感じで背もたれも四角っぽく見えますが、横顔を見ると逆に柔らかさが伝わってきて、独特のスイングが椅子の個性を際立たせています。こういう個性的なデザインになったので、学校だけに限る必要はないと思いました。

勢いよくS字を描いて、後ろ姿のヒップの部分もとてもボリュームがありますね。

他のこの類のシェルよりもずっと軽量ですが、プラスチックのシェルにラジカルに3次元のフォルムを与えることで、軽くても安定性にすぐれた椅子ができました。卵の殻の場合と似ています。とても弾力性がありますが、荷重にも十二分な耐力を持ちます。円い座面は座る方向を自由にし、背もたれが比較的スリムなので、左右への動きも妨げず、後ろの級友とコミュニケーションするために後ろ向きにも座れます。それにずり落ちそうに座っても、首に楽なように背もたれの上辺の縁を柔らかく丸みをつけて仕上げてあります。

バリエーションは全部でどれぐらいあるんですか?

色はアクアブルー、キーウィグリーン、コーラルレッド、スノーホワイト、グラフィットブラック、グラニットグレーの6色で脚は5タイプあります。スキッドチェア、4本脚、オフィスにも適した高低調節可のキャスター付き、典型的なC型のスクールチェアとあと木の4本脚と。アームレスト、クッションも揃います。僕たちは「PRO」のシェルから”シェル+アンダーフレーム”というタイポロジーを創造しました。1つのシェルのデザインがアンダーフレームのいかんによって大きく変化します。脚が変わるだけでシェルは同じなのに性格がぐっと変わって、全く新しい椅子のように見えます。サイズは3つ。さらに今後、椅子にマッチするデスクも「PRO」ファミリーに加わります。

Photo by Oliviero Toscani

「PRO」という名前からは「プログレス」や「プログレッシブ」という言葉を連想して、くよくよしないで前向きに!って元気が出る気がします。

「肯定」「賛成」の意味ですが、「PRO」と大文字にすることで、とてもグラフィカルなイメージが湧くのではと思います。「プロフェッショナル」を連想する人もいるかもしれません。そして言語の区別なく世界中どの国でも一目瞭然で理解してもらえる名前だと思います。

コミュニケーションデザインでも従来のスクールファニチャーの“退屈なカタログの型”を破りました。ベネトンの広告でお馴染みオリヴィエロ・トスカーニが撮影を快く承諾してくれて、去年12月ベルリンで3日間に渡ってシューティングを行いました。椅子にのってエレクトリックギターを弾く青年や可愛い犬がちょこんとのっかっているショットなど、楽しさいっぱいです。人生これからの子供たちにはポジティブに前向きに生きて、この椅子で将来のプロフェッショナルになるべく元気に学習してほしいですね。(インタビュー・文・写真/小町英恵)

この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。今までの連載記事はこちら