原美術館
「ジャン=ミシェル オトニエル:マイ ウェイ」展レポート

フランスの現代美術作家、ジャン=ミシェル オトニエルの日本における初の個展が、原美術館(東京・品川)で開かれている。

▲「マイ ウェイ」 ムラーノガラス、アルミニウム留具、2010 ⒸJean-Michel Othoniel/Adagp, Paris 2012

オトニエルは90年代後半から取り組み始めた、ムラーノガラスなどを用いた大型のガラス作品で知られる。本展は、初期の布や硫黄を使ったものから最新のガラス作品に至るまでの60点を通して、25年に及ぶその歩みを展望する。“可変する素材”に寄せる作家の関心と取り組み、そして、思考の変化を辿ることのできる内容だ。昨年3月にパリのポンピドゥーセンターで開催され、ソウル、東京、ニューヨークの3都市を巡回する。

オトニエルがムラーノガラスに出会ったのは、90年代半ばに留学したイタリアでのこと。それまで硫黄やワックス、樹脂といった可変する素材を使って作品を制作していた彼は、ムラーノガラスの美しい色合いと自在な造形、溶かし固めるという素材そのものの持つダイナミックな可変性に惹かれ、ガラスでの制作を決意したという。

▲「トワル ド ジュイの上のフランス地図」 綿布に硫黄、1988

▲ワックスを用いた作品、1992〜1993

▲この後のガラス制作の原点となった作品。「語音転換」 黒曜石、1992

とはいえ、それを実現するのはたやすいことではなかった。なにしろムラーノガラスはヴェネツィアで13世紀から続く伝統産業で、マエストロと呼ばれる職人が高度な技術を代々継承する世界である。外国からやって来た若手作家に対して共感し、協力してくれる職人と出会うまでには相当な苦労があったようだ。

ムラーノガラスを素材にした作家は少なくないが、オトニエルの特徴はガラスだけでなく金属の支柱やワイヤーも用いていることだろう。ガラス部分は基本的に球体であり、それらを金属の支柱にビーズのようにつなげることで、より自由度の高い、大規模な構造を実現させている。

▲「私のベッド」 ムラーノガラス、アルミニウム、飾りひも、フェルト、2002

「ガラスを使うようになってから、表現の主題も変わってきたようだ」と本展担当学芸員の坪内雅美は分析する。それ以前は、作家自身が心に負った傷や苦しみなどを、作品に直接表現することが多かったという。しかし、特に2000年以降のガラス作品においては、子供が想像するような遊び心のある世界観、夢や幸福感などが、観る人の心を捉えている。この時期の作品は、例えばパリのメトロ「パレ ロワイヤル ミュゼ ド ルーブル」駅のエントランスに設置されるなど、パブリックアートとしても広く人々に親しまれる。

▲「涙」 ガラス、水、テーブル、2002

▲ドローイング作品

さらに近作では、空中に浮かぶ“結び目”や“ハート”などをモチーフに、象徴的、宇宙的とも言えるような大きな世界観を表現する。

▲「ラカンの大きな結び目」 鏡面ガラス、金属、2011

▲「自立する大きな結び目」 鏡面ガラス、金属、2011

展示空間は邸宅を改装した美術館らしく、1日を通していくつもの窓から自然光が差し込み、作品に反射して、刻一刻と多様な表情を見せている。「準備の際、ガラス玉をひとつひとつ組み立てていたら、まるで“静かな祈り”のような心持ちになりました。想像ですが、作家自身も創作活動を通じて祈り、心に負った傷から立ち直っていったのではないでしょうか」と坪内学芸員。本展は、可変する素材との関わりを通じて、人間自身が変化していく物語とも言えるのかもしれない。(文・写真/今村玲子)

▲「黒は美しい」 ムラーノガラス、2003

▲裏庭にも作品が展示されているので、お見逃しなく

▲「6歳のときにアートと出会って世界が変わった」と言うオトニエルは、近年、子供向けのプロジェクトに力を注ぐ。本展でもドローイング体験や、3D技術を使った映像シミュレーション体験などのできる子供向けワークショップ「ふしぎな現実」を開催する


「ジャン=ミシェル オトニエル:マイ ウェイ」

主催・会場 原美術館

会   期 2012年1月7日(土)〜3月11日(日)

開 館 時 間 午前11時〜午後5時(水曜は午後8時まで)

休   館 月曜日

入 館 料 一般1,000円、大高生700円、小中生500円




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ