REPORT | サイエンス
2011.12.28 11:54
本展は、民族学者であり比較文明学者でもある梅棹忠夫(1920〜2010年)の足跡と、その独創的な思考法を紹介するもの。
▲会場入り口。同氏が活用していた書類の引き出しをイメージしている
▲会場内
▲会場に散りばめられた梅棹氏の言葉
梅棹氏は大学で動物学を専攻後、内モンゴルの学術調査をきっかけにしてアフガニスタン、東南アジア、アフリカ、ヨーロッパなど世界各地で精力的なフィールドワークを実践。その成果は膨大な資料とともに著作としてまとめられ、西欧文明と日本文明を対等に位置づけた『文明の生態史観』(1957年)や、ハードからソフトへと移行していく未来の情報社会を予言した『情報産業論』(1963年)など社会に大きなインパクトを与えた。また国立民族学博物館(大阪)の創設に尽力し、74年から93年にかけて初代館長を務めたことでも知られる。
▲内モンゴルを調査したとき(1944〜46年)のフィールドノート。鳩サブレーの缶箱に保管されていた。出国時に現地の検閲をスムーズに通るため、民族学ではなく生態学調査のように“偽装”して持ち帰ったという
▲ある調査では野鳥の鳴き声を記録するため、楽譜にした。道具のない時代に「発見したものをとにかく記録し、可視化する」という研究者としての執念が感じられる
▲梅棹49歳。日本万国博覧会世界民族資料調査収集団(1968〜69年)のときの写真とノート
世界各地で時には遭難しかけるような大胆な調査活動の一方、フィールドワークで収集した膨大な資料やメモ、スケッチなどを独自に編み出した繊細な方法で整理していた。国立民族学博物館の小長谷有紀教授は「A型で本当にきっちりした性格だった」「先生は“発見は突然やってくる”と言い、それをいつでも受け止められるように何でも書きこんでいた」と振り返る。それは、犬に噛まれたときにその歯形をスケッチしたほどだったという。そんなユニークな情報整理の方法は著書『知的生産の技術』(1969年)としてまとめられ、ロングセラーとなっている。
今のようにパソコンや便利な文具がなかった時代である。梅棹氏は名刺ほどのサイズに切った小さな紙に調査中の発見などをキーワードとして書きつけ、後でそれらを鎧の「こざね」のようにつなげて思考を定着させた。あるいは現地で取ったメモをローマ字でタイピングし直して、検索しやすいようにまとめた「ローマ字カード」など、現在のパソコンでは当たり前の「ファイル」「フォルダ」「検索」といった概念をアナログ手法で実践していたことに驚かされる。
▲七つ道具の1つ「こざね」。梅棹氏は「誰でもわかるような言葉で簡潔に書く」ことを意識し、平均40字、長くても120字以内で思いつくままアイデアを書き留めた。まるで当時の“ツイッター”のようだ
「カード」という形式を取り入れるようになったのは、内モンゴルから持ち帰った数十冊のフィールドノートを前に思いついたのがきっかけだという。「ノートがなんでも書きこんで蓄積していくものであるのに対して、カードは繰るものである。さがし、うごかし、ならべかえることで、脳細胞のはたらきを可視化して、論理化をたすけてくれる」(展示パネルより)という理由があった。
また「後で調べやすいように」「誰でもわかるように」と時間をかけてつくった資料は、それ自体アウトプットとしての完成度が高く、後で本の原稿を書く際にもほとんど修正することなく引用していた。メモや資料は往々にして「自分だけがわかればいい」となりがちだが、「昨日の自分は他人」「誰かと共有できるように」という視点で資料を扱っている点が興味深い。読み終わった本も図書館に寄贈していたそうだ。
▲展示方法にも工夫を求めた梅棹氏の考えを受け継ぎ、本展では本物の資料とレプリカを並列して展示することで、来場者が手に取って見ることができる
会場は、梅棹氏の実物の机を中心に外に向かって展開する螺旋状の構成となっている。梅棹氏の“脳”を表す机の周囲に「こざね」「ローマ字カード」「一件ファイル」「スケッチ/写真」など知的生産のための七つ道具が並び、さらにその外周にそれらのツールを使って集めたフィールドワークの成果、または同氏の年譜や実績を等身大の写真とともに展示する。
▲梅棹氏が最期まで使っていた机。晩年は失明のため、この机は執筆ではなく書類へのサインや捺印などの作業のために使われたが、道具の並べ方などに「几帳面な性格」が垣間見える
▲七つ道具の1つ「一件ファイル」。できごとに関する資料は1つのファイルにまとめられ、項目名がつき、五十音順に並べられた
▲七つ道具の1つ「スケッチ/写真」。風景や小さな事物を描くときも画面いっぱいに収まるように描き、主題が明確である。絵が上手だった
▲調査では数多くの写真も撮影した(展示用レプリカ)
本展は今年3月から6月にかけて大阪の国立民族学博物館で開催された巡回展であるが、日本科学未来館のオリジナル展示として「人類の未来を考える」というコーナーを設けている。そこでは、同氏の未完の書『人類の未来』のためにつくられた「こざね」200枚を展示。さらに来場者ひとりひとりが自分自身で考えたキーワードを「こざね」に書き加え、デジタル化して共有する仕組みも用意した。
自ら現地を歩いて調べ体験したこと、また多くの人と対話するなかで発見したことをまとめ、広く共有するという考えを持っていた梅棹氏。知で共有し、新しい情報を書き加えていくことによって、未来に向けた発想を広げていきたい。そんなメッセージが込められた展覧会だ。(文・写真/今村玲子)
▲『人類の未来』のためにつくられた「こざね」
▲会場の外には、来場者がキーワードを書き加えられるデジタル版の「こざね」体験コーナーがある
▲「未来はっけんデジキャビ」と名づけられた装置。鑑賞者がひらめいた「はっけん」をカードに書いてスキャンすると、デジタルキャビネットに転送できる
会 場 日本科学未来館
会 期 2011年12月21日(水)〜2012年2月20日(月)
開館時間 午前10時〜午後5時
休 館 日 火曜日(12月27日、1月3日は開館)、年末年始(12月28日〜1月1日)
入 館 料 一般1,000円 18歳以下200円
今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ