ハーマンミラーによる東日本大震災復興支援
「石巻復興プロジェクト」

3月11日から9カ月が経過した。被災地の復興に向けてさまざまな取り組みが進むなかで、デザイナーや建築家といったクリエイターたちの活動とその現状を今後継続して報告したいと思う。それぞれのプロジェクトが得た経験知を知ること、共有することが、今後につながるのではないかと考えるからだ。

まず紹介するのは、家具メーカーのハーマンミラーによるもの。「MAKE A DIFFERENCE」というスローガンのもと、震災直後には食糧、水、応急物資などを提供し、その後は社員の募金に企業の寄付金を加えて義援金を送った。夏には、イヴ・ベアールやサム・ヘクトといったデザイナーが制作したグラフィック作品などを2回のチャリティオークションとして実施し、売り上げを寄付したという。

そして、震災から8カ月後、「デザインは問題を解決するためにある」という考えに基づき、12名の社員が被災地へ赴いた。11月13日〜27日までの約2週間にわたって宮城県石巻市に滞在し、家具製作や地元高校生とのワークショップを開催。活動終了後の11月下旬には、仙台と東京で報告会を実施し、以下はその報告会の情報をもとに概要をまとめる。

▲登壇者はハーマンミラーのバイスプレジデントでありクリエイティブディレクターのスティーブ・フリックホルム氏(左)、ハーマンミラージャパン 代表取締役社長 松崎 勉氏(右)


ボランティア活動のために確保された予算

ハーマンミラーは東日本大震災に限ったことでなく、スマトラ島沖地震など各国で大規模な災害があった際にボランティア活動を実践している。同社にはあらかじめ「ギフト・コミッティ」という予算が確保されており、社員がボランティア・プロジェクトの立ち上げを会社に申請する仕組みがあるのだ。社内審査を通れば「12名で2週間」という期限付きのボランティア・チームが結成され、現地で活動するための資金が与えられる。今回は、ハーマンミラージャパンの松崎 勉社長が申請。参加希望者は多数に上ったため、3次にわたる審査を経て、やる気と適性を認められた人が選ばれたという。アメリカやオーストラリア、イギリスなど各地からデザイナーや職人たちが集った。

▲現地で製作した椅子を手に、活動内容を解説する松崎社長

ボランティアチームは、家具とグラフィックデザインの2チームに分かれて活動を展開。松崎社長がリーダーを務める家具チームが拠点としたのが「石巻工房」だ。ここは建築家の芦沢啓治氏が代表を務めるものづくりの拠点で、7月から支援活動を展開している(石巻工房の詳細はこちらへ)。その活動に賛同したハーマンミラーが連携をとるかたちで、新しい工房を立ち上げるのための設備や資金のサポートを申し出た。

石巻工房に到着したチームは、すぐに仮設住宅向け家具の製作準備にとりかかった。家具のデザインは芦沢氏、家具デザイナーの藤森泰司氏、デザイナーの橋本 潤氏の3名による4タイプ。彼らが仮設住宅の現状を細かくリサーチしたうえで、不便さを解消する、しかもすぐにつくって使うことのできるものを考えた。

▲縁台

▲縁台は洗濯物を干すときに重宝する

▲スツール

▲収納ボックス。紐を通して壁かけにできる

洗濯物を干すときにも使える縁台120台、小物や食器などの収納ボックス110台、スツール220脚、ベンチ25脚。製作数を割り出し、必要な工具や材料を揃える。そして、あとは組み立てるだけという段階になってから、「ワークショップを開くので、家具をつくりたい、家具のほしい方は来てください」と住民たちに呼びかけた。今回のボランティア活動で注目すべきは、ワークショップ形式を採用し、「参加者が自らつくる」ことに絞り込んだ点だろう。


ノウハウと「Fun」の伝達

ハーマンミラーでは、仮設住宅・商店に対する直接的な支援のほか、特に「地域へのノウハウとFunの伝達」を重要なミッションとして掲げている。震災から8カ月が経ち、仮設住宅での生活が本格化、さまざまな問題点や不満が見えてきたというタイミングでもある。家具メーカーとしてできることは、住宅の問題を住民が自らの手で解決するために、工具の使い方など製作のノウハウを伝えること。加えて、「Fun(楽しさ)」を伝えること。それが、これからの復興につながっていく大切な要素と考えたのである。

報告会ではワークショップの様子が画像で紹介され、どれもひじょうに楽しそうな雰囲気が印象的だった。ボランティアというと苦労の多そうなイメージがあるが、ワークショップでは参加者もボランティアもいい笑顔に溢れている。参加者のなかには「インパクトドライバー」という言葉を耳にするのも初めてという人が少なからずいたが、熟練の職人に習いながら家具を組み立て、喜んで持ち帰った。「余るかもしれない」と心配しながら用意した材料は、あっという間になくなったという。

▲ワークショップの様子

家具チームは石巻工房でのワークショップのほか、工具が津波で流されてしまった石巻工業高校での工具の使い方などのトレーニング、椅子をつくる子供向けワークショップなども開催。子供向けワークショップでは、ひとりで7脚も組み立てた9歳の少年がいたという。

一方、スティーブ・フリックホルム氏率いるグラフィックデザインチームは、2つの高校でワークショップなどを実施した。仮設住宅に飾るためのモビールづくり、凧を製作する子供向けワークショップ、地元商工会議所の女性会とは刺繍のワークショップも開いた。参加者が制作した作品のなかには、ポストカードやカレンダーとして製品化するものもある。ハーマンミラーストアなどで販売し、収益の一部が参加者に還元される予定だ。

▲ 地元高校生とグラフィックデザインチームのワークショップ

▲モビールづくりのワークショップ

▲石巻工房の新しい工房では、ワークショップで制作した作品の展覧会も開かれた


事業としての成立を目指す

この2週間をもってボランティア活動は終了したが、ハーマンミラージャパンは、今後も石巻工房への活動支援というかたちで、復興の取り組みに関わっていくという。松崎社長は「今後やらなければいけないことは、石巻工房を1つの事業としてきちんと成立させること。そのためには、例えば、震災の背景を知らない人が普通に“商品”として買ってくれるような、高いクオリティを製品に持たせるといったことが課題になるでしょう」と言う。ものづくりと教育の場である石巻工房の活動を継続していくためには、シビアに事業化を進める必要があるというわけだ。

自らの手でものをつくるという行為自体、人とコミュニケーションを取ったり、つかの間でも気分転換の効果があり、被災した参加者にとってメリットがあると思われる。ワークショップで彼らが制作したポストカードなどは素朴な味があり、確かに魅力的だ。しかしそれらを商品として継続して販売するならば、体制づくりや品質管理といった課題が生じる。

「被災者がつくった◯◯」「ハーマンミラーが支援した◯◯」という説明がある限り、そのものはチャリティの範囲にしかない。決してチャリティが悪いわけではないが、あらゆる支援や義援を必要としないことが復興だとすれば、「被災者がつくった◯◯」という一文からいずれ“卒業”する必要がある。時間はかかるかもしれないが、そこをゴールにしなければいけない、というのが松崎氏の問題意識だ。

今後、被災地でどのように人材を育成し、商品として通用するものづくりを行っていけるか。また、そうした活動に対してハーマンミラーなどの企業がどのようなノウハウを伝え、サポートしていくことができるのか。さらに、こうした活動が被災地にどのような影響を与え、そこから何が芽生えていくのか。復興に向けた1つのデザイン事例として、今後も注目していきたい。(文/今村玲子)



「東日本大震災復興支援 石巻復興プロジェクト」

主体:ハーマンミラー

主たる期間:2011年11月13日〜27日の2週間

メンバー:ハーマンミラーのデザイナーと職人 12名

活動内容
石巻工房とのコラボレーションにより(1)〜(4)を実施した

(1)仮設住宅でのワークショップ
・縁台120台、収納ボックス110台、スツール220脚、ベンチ25脚を製作
・子供とともに椅子を製作
・モビールの制作
・子供とともに凧づくり

(2)地元高校と連携
・石巻西高校、石巻好文館高校の3年生とポストカード、ポスター、グリーティングカード、
 カレンダーを制作
・石巻工業高校での家具づくりトレーニング

(3)商工会議所女性会と連携
・刺繍ワークショップ

(4)そのほか
・新しい工房のための内装工事
・成果物の展覧会の開催

活動のポイント
・社内にボランティア活動を立ち上げる仕組み(予算)がある
・住民自らがつくれるよう、ワークショップ形式を採用
・被災地の人々と連携してニーズを把握。現地の拠点を活用した

今後に向けての課題
商品としてのクオリティの見直しなど、事業化に向けた課題のサポート

ウェブサイト
ハーマンミラーMAKE A DIFFERENCE http://www.hermanmiller.co.jp/
石巻工房 http://ishinomaki-lab.org/




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらへ