「イタリア植物タンニンなめし革協会セミナー2011」レポート

11月17日、東京・表参道のスパイラルにてイタリア植物タンニンなめし革協会によるセミナーと展示が行われた。セミナーでは、同協会のシモーネ・レミ会長とレオナルド・ヴォルピ副会長がトスカーナ州の植物タンニンなめし製法を紹介し、この技術を保護・振興していくための商標や技術規則に関する解説を行った。セミナーは2時間近くに及んだが、ほぼ満席となったホールの聴講者は熱心に耳を傾けており、自然由来の製法で手間と時間をかけて生まれる素材に対する関心の高さをうかがわせた。

会場の展示風景

レミ会長によると、イタリアではヨーロッパの全生産高の66%を占めるなめし革が生産されているという。材料は食肉処理業の副産物である動物の生皮。これらをなめすことによって不要なタンパク質や脂肪分を取り除き、耐久性や柔軟性をもった素材にする。なめし、再なめし、染色、加脂という主要工程を経てなめされた皮革は靴やバッグ、家具などに使用され、イタリアのファッションやインテリア産業を支えている。

現在、同国内にはタンナーと呼ばれる革なめし企業が1,330社ほどあり、就労者数は約1万8000人。そのうちトスカーナ州は567社、5501人とヴェネト州に次いで大きな生産地であり、その特長は植物由来のタンニンを使った手作業によるなめし製法である。なめし剤には家具や紙を製造するための木材から抽出したタンニンを使用し、その歴史のはじまりは中世までさかのぼる。18世紀半ばにはトスカーナ州全体に広がり、1900年代初頭まですべての革なめしに植物タンニンが使われていたという。

シモーネ・レミ会長。「植物タンニンなめし革は自然の風合いと個体差を特長とし、大量生産の“均一化”とは対極にある素材。植物タンニンなめし革は世界に1つとして同じものがありません」。

続いてレオナルド・ヴォルピ副会長が登壇し、イタリア植物タンニンなめし革協会について紹介した。同協会は1994年に設立された。加盟タンナーは24社で、トスカーナ州を拠点とする3〜4人規模の中小企業の集まりである。設立の目的は、最古のなめし製法である植物タンニンなめしを保護し、世界に向けて情報を発信していくことだ。

同協会は2009年にトスカーナ州のタンナーを差別化するため、「トスカーナ植物タンニンなめし革—メイド・イン・イタリー」のロゴマークと商標を登録した。翌10年にはこの商標を使用するための技術規則を策定(2011年1月施行)。これにより加盟タンナーは、(1)規則によって定められた植物タンニンなめしの製造工程を遵守し、(2)植物の抽出成分のみを使ってなめし、(3)主要工程(なめし、再なめし、染色、加脂)をトスカーナ州で行わなければならない。さらにこれを第三者機関が監視・審査する。化学物質の検出と分析も行い、その基準は国際規格よりもいっそう厳しいものだという。

自らこうした厳しいルールを策定する背景には、皮革大国イタリアにおいても近年偽造の問題や、大量生産の工業化に伴う品質の低下が挙げられるという。特にクロムやホルムアルデヒドなどの化学薬品を用いたなめし製法では大幅な効率化とコストダウン、製品の均一化が図れるが、汚染物質の排出など環境や人体に対する懸念も大きい。同協会では、手作業による品質と自然由来の材料を使用する安全性を訴求することで、イタリア産皮革の中でも差別化を図っていくという。

レオナルド・ヴォルピ副会長。「生皮を手に入れて、靴やバッグになるまでがトスカーナ州産のクオリティです。汚染物質を海に垂れながす製造工程をクオリティが高いとは言えません。地球資源には限りがあり、未来に向かっていくためには過去を見なおすことが大切」。

続いてベネトンのキャンペーン広告などを手がけた写真家のオリヴィエロ・トスカーニ氏が壇上に立ち、同協会と共に進めているプロモーションについて紹介した。まずロゴマークについて「なめし革を職人が手でつくっていることを強調したかった」と、粉末状の植物タンニンのイメージと組み合わせてデザインしたことを説明した。また2010年のカレンダー用の写真については、協会の職人を被写体にしたという。加盟タンナーのほとんどが小規模経営の家業であり、カレンダーには親子や兄弟といった単位の職人が登場する。血脈と共に技術や哲学が次の世代に受け継がれてきたことがうかがえる。

ロゴマーク

オリヴィエロ・トスカーニ氏。「植物タンニンなめし革協会と一緒に仕事をするのは実に楽しいことです。彼らが作る皮革には魂があると思います。また彼らは職人として優れているだけでなく、そのクオリティを探求するために伝統や生活文化について考え、伝えていこうという熱意を持っている。そのため伝統を守りながら、常に新しいことに挑戦しているのです」。

2011年のカレンダーはトスカーナ州で集めた素人のモデルに、トスカーナ産の植物タンニンなめし革の衣装を着せて撮影したもの。「ナチュラルなイメージを訴求したかった」とトスカーニ氏。

一方、1階のスパイラルガーデンでは、オリヴィエロ・トスカーニ氏による植物タンニンなめし革のインスタレーションのほか、同協会が主催するデザインコンペの入選作の掲示を行った。また同協会とスペインの靴メーカーであるカンペールが行った日本の学生向けのワークショップ「カンペール・クリエイティビティ・キャンプ」の成果発表も行われた。

植物タンニンなめしによる皮革のインスタレーション。アトリウムに革の香りが広がる。

1枚ずつ異なる色や風合いが来場者の注目を集めていた。

同協会が主催する第2回国際デザインコンペ。今年の優勝者は日本人のデザインチーム「AUN 2H4 DESIGN」(稲垣 誠、吉田 真司、杉本 貴司)による作品。革製の手すりでバス内やテーブルなどにひっかけてつかまったり、バッグをかけたりするというもの。

「カンペール・クリエイティビティ・キャンプ」の成果を発表する展示コーナー。8月下旬の3日間、専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジで靴作りを学ぶ学生54名がカンペールのデザインチームと共にワークショップを行った。学生が紙袋に集めた自然素材や廃棄物を使ってコンセプトデザインをしたうえで、協会が提供する植物タンニンなめし革を使ってプロトタイプを制作。

ワークショップで優秀賞に選ばれた作品。優勝者はマジョルカ島で行われるワークショップに招待される。

セミナーの最後には、ヴィンチェンツォ・ペトローネ駐日イタリア大使、日本赤十字社 田中卓参事が招かれ、シモーネ・レミ氏、フェデリコ・バルマス氏(イタリア貿易振興会 東京事務所所長)から東日本大震災の被災者に対する義援金の寄贈があった。

セミナー中、レミ会長が「高いクオリティのものは売りにくい」と繰り返していたのが印象的だった。それでも、毎年こうしたイベントやセミナー、コンペなどを開催し、コミュニケーションに力を注ぐ原動力となっているのは、ものづくりに直接関わる職人としての情熱にほかならない。「トスカーナ植物タンニンなめし革の技術は自分たちが生まれた時からあり、その中で育ってきたようなものです。受け継いだ技術や品質に対する自信があるから、それを伝えたい」(レミ会長)。セミナーを含めてイベント全体を通して、少しでも植物タンニンなめしの哲学やコンセプトを理解してもらうために自ら動き、そのための労力や投資を必須だと考えている様子が伝わってきた。(文・写真/今村玲子)




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。現在『AXIS』などに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。