建築家デイヴィッド・チッパーフィールドがデザインしたドアノブも製造
ドイツのクリエイティブを支える田舎の有力メーカー達

AXIS 153号の「フロム・ザ・ワールド」で紹介しましたが、カッセルのヴィルヘルムスヘーエ公園のビジターセンター取材からの帰り道、行きと同じアウトバーンのルートではつまらないなと思い、時間にも余裕があったのでウェーザー川沿いの田舎道をドライブしました。しばらくすると左に曲がる道に「ブラーケル」のサインが見え、途端にジャスパー・モリソンのドアグリップのシェイプが頭をかすめました。この街の名前を覚えている方は少ないと思いますが、AXIS140号のオピニオンに登場頂いたドアや窓のグリップのメーカー、FSBの本拠地です。

上の写真のグリップは話題の新作で、建築家デイヴィッド・チッパーフィールドによるデザイン。チッパーフィールドの設計で現在ベルリンの博物館島に建設されている「ジェームズ・サイモン・ギャラリー」のためのもの。2013年竣工予定のジェームズ・サイモン・ギャラリーは博物館島の5つのミュージアムを連結する地下プロムナードのスタートポイントとなり、ビジターセンターと中央エントランスの機能を持ちます。このドアノブは、チッパーフィールド建築の美学を体現する既製品が見つからなかったため、新たに開発されました。グリップはアルミとステンレス、ブロンズのバリエーションがあります。

チッパーフィールドというと、博物館島にある「新博物館(ノイエス・ムゼウム)」の修復再建プロジェクトが、2011年度の「ミース・ファン・デル・ローエ賞」(欧州連合の現代最優秀建築賞)に輝きました。

「戦争で傷を受けた部分はそのまま残し、それ以上破壊されないようにすると同時に、モダンな手法で建物を再び完全な形に戻す。」というコンセプトで、プロイセンの帝国時代からファシズムの時代、戦争、東ドイツの社会主義時代など、歴史を物語る傷が美しく残されています。

展示されている古代彫刻も素晴らしいのですが、壁や柱や天井に保存された歴史の「痕」に惹かれてしまい、1つ1つと無言の対話を続けたくなります。

さて、話はブラーケルに戻りますが、ブラーケルは人口16,000人余りの中世の面影を残す小さな街。グリム童話の中の『ブラーケルの小娘』という短い笑い話の舞台として知られます。この街になぜかモダンデザインと親密なメーカーが2つも存在します。旧市街の北の方にはFSB、川やブナの森が広がる南の方にはフリッツ・ベッカー社(Fritz Becker KG)が本社工場を構えています。フリッツ・ベッカーという名前を聞いてもすぐにはピンとこないでしょうが、世界的なプライウッドのメーカー&サプライヤーで、ヴェルナー・パントンのタタミチェアやヴィトラのイームズのラウンジチェアなどもこのメーカーなくしては存在し得ませんでした。

さらにブラーケルから16kmほど離れたバット・ドリブルクにはガラスのレオナルド社の未来的なブランドセンターが森の中にあります。AXISの取材で訪問するメーカーは田舎の街がほとんどで、辿り着くまではこの道で本当に大丈夫なのかと不安がよぎったりもします。次号154号のオピニオンの取材先であるグラスヒュッテもそう。往復800kmのドライブは、アウトバーンから降りると川沿いに蛇行する細い崖道や舗装がない道もあったり。が、毎回取材を終えるたびに「ドイツのクリエイティブの底力は田舎にあり!」と元気をもらって、帰りのドライブは行きとは打って変わってビューンと飛んでる気分になります。(文・写真/小町英恵)

この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。今までの連載記事はこちら