深澤直人(デザイナー)書評:
瀧口範子 著『行動主義―レム・コールハースドキュメント』

『行動主義―レム・コールハースドキュメント』
瀧口範子 著 (TOTO出版 1,890円)

評者 深澤直人(デザイナー)

「走るように読む、追っかけの記録」

「この人物はすさまじい知性のもち主で、それがまた何かこれまでとはものすごく違ったことをしようとしている、と僕は直観した。当時の建築家たちが美人コンテストのように審美的価値を追い求めていたのに対して、彼は社会的、政治的コンテキストから思考していたのです」。建築家レム・コールハースの会社、AMO設立時にディレクターを務めていたポール・ナカザワにこの本の著者、瀧口範子がインタビューしたときの抜粋である。

これは瀧口がレム・コールハースを「追っかけ」たその全記録である。瀧口は言っている。「体力はかなりある方だと思っているが、この取材で必要とされるのはそれよりも“臨機応変さ”だ。(中略)ちょっとした空気の変化を目と耳とその独特の受容機で感じ取るコールハースを相手にするのなら、最初に決めたことに縛られず、あくまでもオープンエンドに対処しなくてはならない」。異端の建築家レム・コールハースの行動や思考は掴みどころがなく理解が易しくない。

一般的に建築家の名前は建物と重なって記憶されていくから、その名前を聞けば建築のかたちが思い浮かぶのは当然のようであるが、コールハースの名前=建物のイメージという風には浮かんでこない。その難解な天才思想家の行動に興味を持ち、走るように付きまといながら取材した記録は何カ所かを抜粋してもフューチャーしきれるものではないくらい全部面白い。走るように取材したものを走るように読む感じだ。

取材はロッテルダムやニューヨークのオフィスやそこでのミーティングの様子、レクチャーやその前後、9.11直後のマンハッタンを移動中の車の中や、エレベーターの中、北京のCCTV(中国中央電視台本社ビル)をコンペで勝ち取った発表セレモニーへと、目まぐるしく場を変えて行われている。建築家もデザイナーもデザインしながら仕事のやり方を創造していくものだが、それにしても20余りのプロジェクトが同時に進行する状況において、それを推進する力やエナジーは並外れているようだ。

ミーティングにおいて、「コールハースのコメントは、論議を進め論議の流れを変える。彼は読書魔として知られるが、その膨大な知識の中からテーブル上で起こっている議論に向かっていろいろな矢を飛ばす。その矢によって、これまで思いもよらなかったようなアイデアが出てきたり、議論がかき回されたり、脱線したりする。(中略)一見仲間内の気のおけないおしゃべりのようにも見えるが、彼の圧倒的な知識量と、その知識の間を自在に飛び回るダイナミズムが、彼をスタッフが足元にも及ばない存在にしている」(文中より)。

後半の彼の11人のブレーンへのインタビュー「コールハースとともに走る11人」もいい。「レムは、言葉がページの上で花火や爆弾のように迫力をもって訴えかけることを知っていて、結局は多くの書き手の中で最も優れていた」、クリス・アンダーソン(ワイアード編集長)。「レムが面白いのは、言葉と物理的な世界の両方で幸せに存在できることです」、マーク・レナード(トニー・ブレアのブレーンのひとり)。

瀧口はテクノロジーとビジネスや建築について、誰もが知りたくても知り得ない情報を自分の足で掴み取ってきている。その好奇心と感度は自らに備わった触手によるものだろうが、彼女の驚きや感動は冷めないままの熱い情報の固まりとなって飛んでくる。これは取材ではなくてまさに「追っかけ」の記録なのだ。(AXIS 110号 2004年5・6月より)

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