モノをえらぶ行為をデザインする
ーー鳥澤ブルース・リー氏の筆箱『people』

店先に溢れかえる人型。VIGOREの片岡の友人、鳥澤ブルース・リー氏がつくる筆箱「people(ピープル)」である。主に布地で制作され、現在までに使用された生地の種類は約5100。そのすべてが同じ型(形)をしている。これだけの種類があるにもかかわらず、そのほとんどがプロダクト製品として量産されている。1つのモデルがこれだけ多種化され、展開されているものはあまり類を見ないのではないだろうか。

多種化すること=受け手の選択肢を可能な限り増加させ、制限しないということ。これがpeopleの根底にある。数多くの種類をつくり続けることは、受け手の「しょせん(工業)製品はこんなものだろう」というイメージあるいは意識の制限からの脱出、いや解放への挑戦である。

1つのものを多種つくるために、まずはそれらが同じモノとして認識されるためのルールを決めた。すべて同じ人型(形)であること。それが筆箱として機能すること。そして、それ以外の部分において制約を排した。

こうしてpeopleに与えられた自由。それは、素材と色柄である(以前は布地以外の素材もあった)。それらは、機能と切り離され、モノの“ふんいき”をつくり上げる。

自由に解き放たれ多種化した“ふんいき”は機能のように数値化できないため、選択の拠りどころは極めて曖昧となる。自分(もしくは誰か)らしい“ふんいき”を選ぶ。peopleは、「えらぶ」ことを強く意識させ、受け手はたった1つの筆箱を選ぶことに対して甚大なるエネルギーを必要とされる。

モノを得ることは受け手の感受性に大きく影響を与えるとブルース・リー氏は言う。モノの端的でステレオタイプ的(もしくは短絡的)な見せ方、捉え方は、モノと人をつなぐ上では効率的かもしれないが、その手法が人を育む上で良いかどうかはまた別に考えなくてはいけないはずだ。

不可解なもの、理解しにくいもの、理解することにエネルギーが必要なもの中に、意外と人にとって大切なものが潜んでいるのかもしれない。

ただ1つの筆箱をえらぶ。ただ1台の自転車をつくる。それだけのために自分の大切な時間を費やすことは、私たちが生きていくうえで無駄ではないと信じる。

今日もまたブルース・リー氏はpeopleの構想を練っている。

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この連載では京都に拠点を置く自転車メーカー、VIGOREの皆さんに、自らだけでなく、周辺で真摯にモノづくりに励む方々の取り組みや想いについてレポートしていただきます。

VIGORE(ビゴーレ)/もともと刀鍛冶であった片岡家がその鉄加工の血脈を活かして自転車づくりを始めたブランド。1930年から始まった片岡商会(後の片岡自転車店)当初から常に大流に惑わされることなく自転車を通したモノづくりと向き合ってきた。 VIGOREのブランドでは、ロードレース競技からトライアスロン競技用レーサーバイク、またダウンヒル競技用ダブルサスペンションマウンテンバイクなどの競技車両の開発を進めるとともにそのノウハウを活かして市街地用の車両を販売。2000年からは、自転車のフィッティングから自分だけの1台を感覚的に注文できる「スマートオーダー」を開始し、専門的な知識を有さないユーザーに対しても、オリジナルバイクに乗る楽しみと所有できる悦びを提供している。