東京都現代美術館
「田窪恭治展 風景芸術」、レポート

「林檎の礼拝堂」で知られるフランスのサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂や、香川県・金刀比羅宮の再生プロジェクトを手がける美術家、田窪恭治氏(1949年〜)。東京では初めてとなる包括的な個展では、2つの再生プロジェクトを中心にこれまでの同氏の仕事を振り返っている。

▲《林檎の礼拝堂》東京ヴァージョン/2011年/コルテン鋼、鋳物、大谷石/作家蔵。Photos by Reiko Imamura
現地では実現できなかった礼拝堂の敷地に鋳物を敷くという構想を展覧会で披露した。石壁床はノルマンディーのそれと似た組成の大谷石を用い、内部はコルテン鋼を敷いた実寸の床面という「東京ヴァージョン」を展示

田窪氏の活動は、一般的にイメージされる美術家像とは少し違うかもしれない。ひとりで作品と対面して黙々と制作を続けていくような“孤高の存在”がいわゆるアーティストのイメージだとすれば、田窪氏はむしろその真逆だ。美術や美術館といった閉じて守られた場所から飛び出し、身一つで社会や地域のなかに飛び込んでいく。そこで多くの関係者や住民たちと交流しながら、長期スパンでプロジェクトに関わっていくのだ。当然、“作品”のスケールも大きい。1つの建築を媒介にして、地域まるごととか“聖域一体”といった規模を手がけている。

▲製鉄会社と共同で開発した鋳物のタイル。経年変化と自然にさらされることで徐々に真っ赤になっていくという

フランス・ノルマンディー地方のサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂(林檎の礼拝堂)と、香川県・金刀比羅宮を中心とする琴平山。本展は田窪氏がそれぞれ10年単位で関わってきた2つの再生プロジェクトを中心に構成される。1つのプロジェクトに約10年。筆者のように、細切れの仕事と日々の締め切りに追われるような身には、田窪氏のように人生の何分の1かを1つか2つのプロジェクトに費やすというスケール感がいまひとつ想像しにくい。想像しにくいが、とてつもない規模や深度であることは伝わってくる。

▲《黒の教会》サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂のためのプロジェクト/1988年/木、コンクリート、プラスター、水彩、クレヨン、金箔、オイルステイン、クリアラッカー/愛媛県美術館蔵
鉛の上に何種類もの顔料を塗り重ね、表面に塗った白い塗料とともに顔料を削り落としていくという技法。この技法で林檎の礼拝堂にも林檎が描かれた

本展について「東京都現代美術館の巨大な空間だからこそ可能な展示を模索した」と田窪氏。「原寸」がキーワードだ。2つの再生プロジェクトそのものは現地にいかなければ見ることができない。そのかわり建築や内装の一部を再現したり、現地の風景を映像や写真で取り込むなど、実際のスケールや雰囲気を体感できるようになっている。と同時に、例えば「礼拝堂の敷地に鋳物を敷きたい」といった実際のプロジェクトではやりきれなかった構想を「東京ヴァージョン」として実現している。

ところで田窪氏は、自身の仕事を「風景芸術」と呼ぶ。時間も、空間も、対象も、ケタ違いの規模を相手にしていると、たくさんの要素が複合的に働いてゆっくりと景色が変化していくような、まさに風景そのものをつくっていくような感じなのかもしれない。当然、ひとりで完結できるわけはなく、クライアントをはじめ建築家や企業、職人など多くのメンバーから成るチームを動かさなければならない。

▲金刀比羅宮新茶所《神椿》東京ヴァージョン/2011年/墨、鳥の子紙、板、コルテン鋼、鋳物、映像/作家蔵

▲《神椿ブリッジ(仮称)》イメージ/2011年/鉄/金刀比羅宮蔵
新茶所「神椿」と山道をつなぐために現在構想中の《神椿ブリッジ(仮称)》の3分の1サイズ

琴平山再生計画では、2000年のプロジェクト開始と同時に招聘された田窪氏は金刀比羅宮の文化顧問に就任した。老朽化した建造物の修復や、それに付随する美術品や工芸品に光を当て、さらに新しい施設をつくって山全体をどのように活性化していくかというグランドプランの構想。また建築家や構造設計家と組んで橋の橋脚をデザインしたり、メーカーと共同で新しい建築材を開発するなど、あらゆる方面でやるべきことがある。そのうえでようやく一美術家として自ら手を動かし、内装の一部となる壁画を描いたり作陶する。どこまでがアートでどこからが建築やプロダクトデザインというようなことはなく、それらすべてが混然一体となって進んでいく。

▲金刀比羅宮椿書院《ヤブツバキ》東京ヴァージョン(2005-11)/オイルパステル、襖、アルミ、木、映像/金刀比羅宮蔵

印象的だったのは、金刀比羅宮椿書院《ヤブツバキ》東京ヴァージョン(2005-11)だ。再生計画の第二次プランの始まった2005年から、田窪氏は椿書院のふすま絵の制作に着手。今回はその実物を展示室に持ち込んだ。数十枚のふすまにオイルパステルで塗り重ねられる藪椿は、6年経った今も完成していない。

まるで子供が描く絵のように、生き生きと自由でのびやかなタッチ。田窪氏が美術家を目指すきっかけとなった円山応挙と伊藤若沖によるふすま絵のある表書院と奥書院に挟まれた椿書院の目の前には、瀬戸内海を見下ろすすばらしい庭があるという。ここだけは田窪恭治個人の好きなものに囲まれて、あらゆる制約や時間を忘れて自分の世界に没頭できる。想像だが、田窪氏は「ずっと未完でもかまわない」と思っているのかもしれない。色鮮やかな空間からアーティストとしての純粋な喜びが伝わってきた。(文・写真/今村玲子)


「田窪恭治展 風景芸術」
会 期:2011年2月26日(木)〜5月8日(日)
休館日:月曜休館(ただし、3月21日(月)は開館、3月22日(火)は休館)
会 場:東京都現代美術館
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

*鑑賞券プレゼント この鑑賞券を10組20名様にプレゼントいたします。ご希望の方は、タイトルを「田窪恭治展プレゼント」と明記のうえ、氏名(フリガナ)、住所、所属名(会社・学校等)とともに、axismag@axisinc.co.jpまでお申し込みください。なお、発送をもって抽選と変えさせていただきます。




今村玲子/アート・デザインライター。出版社を経て2005年よりフリーランスとしてデザインとアートに関する執筆活動を開始。『AXIS』のほか『リアル・デザイン』『ブラン』(えい出版社)などをメインに寄稿中。趣味はギャラリー巡り。自身のブログはこちらまで。