マルセル・ワンダースがデザインしたライン河岸のグランドホテル「カメハ・グランド・ボン」が、去る2月28日に1200人のゲストを迎えオープニングを祝いました。事実上は既に開業していたのですが、ドイツのヴェスターヴェレ外務大臣まで駆けつけ、このほど晴れてオフィシャルなオープニングセレモニーとなったのです。
ホテルはベルリン遷都後に首都の肩書きをなくしたボンの将来にとって重要な再開発計画「ボンナー・ボーゲン」の中核となるプロジェクト(投資額:1億ユーロ)。この一帯はボン・セメント工場の跡地で、ライン河岸で150年前にドイツで初めてポルトランドセメントの生産が始まったのでした。
「カメハ」は”唯一の”とか”類いない”という意味を込めて、ハワイのカメハメハ王からとったもの。通りから近づくとフロントに透明の大きな鐘のシャンデリアが揺れ光り、まるでロシア皇帝の戴冠式を告げるかのような鐘の音が“視覚的に”響いてきます。ガラスとアルミニウムの透明なファサードで、宇宙船のような建物はライン河岸に折り返す波からイメージされた、ボンの建築家カールハインツ・ションマーの設計。そしてサスティナブルで環境に優しいグリーンホテルというコンセプトもドイツの他のデザインホテルとは比べものにならないほど徹底しています。1000万ユーロをかけて地下に帯水層蓄熱システムを備えた地熱発電施設を完備し、冷暖房をはじめ消費エネルギーの70%をエコロジカルに自給できるのです。二酸化炭素年間排出量を400トン削減する計算。このグリーンテクノロジー、ゲストは事前に希望すれば見学が可能です。
インテリアは”コンテンポラリー・バロック”とも言えるスタイル。デザインコンセプトについてワンダースはこう語ります。「典型的なカンファレンスホテルは実用的だけど退屈極まりないもの。たとえカンファレンスホテルであってもエキサイティングで楽しく、刺激的であるべきだと思う。カメハはリラクゼーションとインスピレーションの場。ビジネスしながら5つ星のリゾート感覚を味わえるはず。驚きと美しさと緊張感に満ちて、セクシーでクールな場所なんだ。ガラスのファサードの建築は蛇行するライン河とボンの街を一望でき、素晴らしい透明感を持つ。この建築のモニュメンタル性と開放性をキープしながらも、暖かく親密感あるホテル空間をクリエイトするという課題に挑んだ結果がカメハのデザインなんだ」。
1階のパブリックエリアでは劇場の緞帳のような黒いカーテンがたくさん使われ、各々の機能空間を適度にクローズすると同時にオープンにし、柔らかいカーテンのドレープのボリュームが華やかな文様と共に建築の硬度をダウンさせる効果を発揮しています。
客室には赤と黒の強烈な色彩の廊下を抜け真っ赤なドアを開けて入ります。夜になると大判の黒い抽象絵画を入れたような額のベッドヘッドにデザインポエジーが隠されています。照明のスイッチを入れると満月が黒い額の中の夜空にホワッと現れる。ライン河岸のホテルの部屋で御月見とはなんとも風情があります。
バスルームでは、バスタブ上の壁一面を埋める幻想的な写真が記憶に焼き付きます。ロンドンを拠点に世界のファッションブランドやファッション雑誌の仕事をこなす写真家ジーナ・ハロウェイの作品で、赤い優雅なドレスをまとった金髪のモデルが水の精のように水中を浮遊しています。『ニーベルングの指環』で世界を支配する力を持つという”ラインの黄金”を河底で守る美しい乙女たちのイメージにも重なってきました。
カーペットから壁紙までインテリアのエレメントとして、ホテルのシンボルマークである「カメハ・フラワー」をはじめ、ワンダースならではの文様がありとあらゆるバリエーションで登場します。
実際に1階のパブリックエリアの床の上を歩いているときは白黒の幾何学模様としか思えませんが、上階から見下ろすと、そのタイル張りの床がカメハフラワーの文様を拡大したモザイク画だとわかります。アトリウムには高さ4mの巨大なゴールドの植木鉢が4体。その1つに梯子がついていて、植木鉢の上でプライベートなレセプションが開けるよう工夫されています。屋上の温水プールもライン河とジーベンゲビルゲ山地の眺めが絶景で、真っ赤なプールの底の中央には、黒いカメハフラワーのグラフィックが満開。
そして、ホテルの隣にはデコンストラクティブな遊び場が。子供だけに遊ばせておくのは惜しいデザインでした。(文/小町英恵)
この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。