デザインとアートの夕べ
アウディが新型A8のドイツプレミアを開催

フルモデルチェンジされたアウディのラグジュアリーセダン「A8」のドイツプレミアが3月9日から26日までベルリン、ミュンヘン、ハノーファーなどドイツの8都市を巡回して開催されました。この春のドイツ発売の前夜祭的なものでしたが、ブランドの総力を結集したフラッグシップモデルの自国でのお披露目ということで、通常の新型車のプレゼンテーションの枠を越えて、総合的なカルチャーイベントが企画されました。

「アートとデザインの融合」というコンセプトでプログラムは構成され、デザイン&アート・エキシビション、トークセッション、パフォーマンス、コンサート、ディナーパーティーと約300人の招待客は夜7時半に始まって真夜中過ぎまで時間を忘れて、五感でアウディを経験する機会を得ました。

ハノーファーでの会場はアウディの中古車センター。普段は中古車がズラリと並んでいる大きなホールが大きく変身。まずはトム・ディクソンの幻想的なインスタレーション「The Light Light」に迎えられます。透かし模様の繊細な多角形(60面体)のアルミニウム製照明オブジェクトの群。その中の小さなLEDバルブの光が、ヘリウム入りの金属箔の風船に複雑な影を映し出します。アウディスペースフレームの超軽量性、フルLEDヘッドライトのパワフルな明るさ、精密技術、クラフトマンシップといった新型A8を特徴づける要素にインスパイアされ、光と影が複雑に、かつテクニカルに戯れるように表現されました。ディクソンにとってこの作品は「幾何学とエンジニアリングの融合による完璧なバランスの、美しいデザインを創造できるかどうか」への挑戦だったとのこと。

プレミアは「先進の芸術(The Art of Progress)」をテーマにしたアートエキシビションの場でもありました。デュッセルドルフの著名なアートコンサルタント、ヘルゲ・アッヘンバッハの企画で、A8の価値観と呼応する作品がドイツのプライベートコレクションから集められたのです。

上の写真は、夭折のスペインのアーティスト、フアン・ムニョスの彫刻アンサンブル「カンバセーション・ピース」。その後の作品はドイツ写真界を代表する2大作家トーマス・ルフの「基層」とアンドレアス・グルスキーの「連邦議会」。

続いて下の写真。手前はトニー・クラッグのステンレスの彫刻「wt」。新型A8の脇にはネオ・ラウホの「変圧器」。ラウホの絵画は、新型A8なら5台分の値段がつくと思われます。

ジルベール・アルトマン率いるフランスのアヴァンギャルドなサクソフォン・グループ「アーバンサックス」。そのエキサイティングなパフォーマンスが新型A8登場のファンファーレの代わりとなりました。アルミニウムのシルバーに光る覆面に宇宙服のような衣装をまとって会場のあちこちで演奏が始まり、テーブルの間を練り歩き、最後は全員がステージに揃い、クライマックスの熱い演奏が会場のテンションを盛り上げる。


この夜の司会は女優ナターリア・ヴェルナー(写真左)とモータースポーツ番組の人気キャスター、ヴェルナー・ローター(写真右)。中央でデザインの解説するのはクリスチアン・ラボンテ、2004年からアウディの量産車のデザインストラテジーの責任を担う人物です。

新型A8と肩を並べる、この夜のハイライトはチェット・ベイカーの再来とも言われるトランペット奏者ティル・ブレナーのライブ。クラシックでもジャズでも、その卓越した演奏技術と演奏スタイルは知的で決して出しゃばることはない。レスリー・マンドキ&ソウルメイツとのセッションで1時間半にもわたる熱演でした。「会話、それがジャズのエッセンスの1つ。トランペット奏者は他人に対して耳をよく傾けられる繊細な聞き手でないといけません。他人の言葉を聞けない人間には答えることができないわけで、人と人との会話を楽器に置き換えることができないのです」と語るブレナー。アンコールの即興ナンバーでも他のミュージシャンとの一期一会のサウンドによる会話が絶妙でした。

これまでA8といえば、ブライアン・フェリーを連想していましたが、これからはA8=ティル・ブレナー。鼻に汗をかきながら恥を忍んでステージに近寄って撮影した(笑)、これぞアウディというサウンドとパフォーマンスをご覧下さい。

トークショーでは、「光の投射」という手法で私たちに都市空間を再考させる作品を発表してきたメディアアーティストのミシャ・クバルが、車体にいかに光が反射するかや、LEDヘッドランプの光り方など、アーティストの視点から新型A8について語り、芸術協会「ケストナーゲゼルシャフト」のファイト・ゲルナー館長は、自分の少年時代にはアウディが親父世代の“ださいクルマ”の代名詞で、大人になったらアウディには絶対に乗らないと決心していたと告白。それがクアトロがスキーのジャンプ台を走り上る伝説的コマーシャルに衝撃を受けたのに始まって、今ではプロダクトの審美性もブランドイメージもガラリと変わり、昔の決心も覆されたのだそう。そこでドイツのCM史に残る懐かしの1986年のジャンプ台CMです。

さて、会場を出る際にこの夜のお酒の選択にも何か意図が隠されていたのか聞いてみました。アペリティフはロワール産スパークリングワインのブヴェ・ラデュベ 。アウディが何度も優勝しているル・マン24時間耐久レース公認のブランドでした。 (文/小町英恵)

この連載コラム「クリエイティブ・ドイチュラント」では、ハノーファー在住の文化ジャーナリスト&フォトグラファー、小町英恵さんに分野を限らずデザイン、建築、工芸、アートなど、さまざまな話題を提供いただきます。