REPORT | AXISフォーラム
2010.01.15 18:02
阿部雅世さんが「感覚の美をデザインに求めて 9年間のデザインワークショップの軌跡」と題して行った、第32回 AXISフォーラムの講演。第1回「ハプティック・インターフェース・デサインのワークショップ」、第2回「イタリアの金物工芸職人とのワークショップ」に続く、レポートの最終回です。
第3回 子供のためのデザインワークショップと感覚を鍛えるデザイン体操
ヌォーロでの子供の反応があまりにも良かったので、子供のためのデザインワークショップというものをそろそろ本格的にやってみたいなと思っておりましたところ、2006年の夏、東京オペラシティアートギャラリー(東京・初台)で、インゴマウラー展のサイドイベントとしての子供のためのワークショップを、というお話をいただきました。マウラー展のタイトルが「光の魔術師」でしたので、陰翳礼讃の国日本のチームは「影の魔術師」で行こうと思いまして、小学生の参加者と「影の庭」をデザインする、「スピリットガーデン」というワークショップを計画しました。
「自然をとことん観察し、発見をすること」「発見を絵にし、形にすること」「想像力を広げること」「みんなで力を合わせて一つの庭をつくること」これは私のデザインの仕事の基本でもあるのですが、ワークショップを通して、デザインという仕事の醍醐味を体験してもらうことが究極の目的でもありました。
これは、小学校低学年14人、高学年10人のチームがそれぞれ1日ずつ、2日間のワークショップでしたが、プロの庭師さんに野草の観察指導員と庭の監修を兼ねて入っていただき、デザインや教育に興味を持つ若い方がアシスタントとして8名、学芸員の方たちも親身になって協力してくださったものです。そして子供たちが本当に素晴らしくて、会心のデザインワークショップとなりました。また2008年には、静岡のクリエイター支援センターCCCから依頼をいただきまして、さらにバージョンアップした「スピリットガーデン」を静岡の子供達と制作しました。ここでは、その静岡でのワークショップのプロセスを、スライドショーでご覧いただきます。
子供のためのデザインワークショップ SPIRIT GARDEN, Shizuoka 2008
会場は廃校になってしまった小学校の建物の中です。廃校といってもガラス張りの吹き抜けの美しいギャラリーのある建物で、現在は市の文化活動の拠点になっているところですが、この美しいギャラリーまわりの空間が、どうもものすごく寂しい空間になっているんですね。なぜかというと、ここに小学校低学年用の低い長い手洗い場が残っていて、これがあるのに子供がひとりもいない、というのはものすごく寂しいもので。ですからここに、子供のエネルギーがいっぱい宿る影の庭をつくって、子供たちがいたときの楽しさを蘇らせるプロジェクトにしました。庭師さんにもまた来ていただきまして、それからアシスタントとして若いデザイナー方の3名と、CCCのスタッフ5名が協力スタッフです。
ワークショップの前日。スタッフの顔合わせをし、みんなで会場の下準備をしているところです。ワークショップというのは、舞台裏にどれだけの真剣な大人がいるかによって、質が変わります。ワークショップの間も、ずっと黙ってそばにいてくれる、真剣に見ていてくれる大人がいるということが、子供にとってはとても大事なのです。指揮者は私ひとりだとしても、子供ふたりに、ひとりの大人の目くらいの割合で真剣なスタッフがついてくれると、子供は本当に集中します。毎日の教育の場でそのような環境を実現するのは難しいですが、これは特別な機会ですから思いっきり理想的な環境をつくりましょうと、皆さん実によく協力してくださいました。
今回は、静岡市在住の小学校1、2年生が対象で、初日のチームに11人、2日目は15名、合計26人が静岡のさまざまな地域から参加しました。朝9時から午後3時まで。その間に1時間、お弁当の時間が入ります。
さあ初日。子供たちが集まってきました。まず私が自己紹介をして、このプロジェクトについて説明します。なぜこの場所に庭をつくるのか、何をするのか、なぜあなた方にこの仕事をお願いするのか、前日にスタッフで枝だけを用意した吹き抜けのガラス面を見てもらい、ここが森になるように、葉っぱをたくさんつくる必要があることを説明します。この森が1か月展示されることも説明します。子供向けの甘い言葉は使いません。これは単なる遊びではないのだな、とわかるから、子供たちも真剣です。
まずは鉢上げしてきた野草の葉っぱをよく観察してもらいます。庭師さんが、その名前の由来や葉っぱの成り立ちを説明をします。さっそく虫眼鏡で観察している子もいます。触ったり、においをかいだりもしています。それから、元校庭の隅にわずかばかり残っている草むらに出て、良い葉っぱを探します。こうして好奇心をもって観察しますと、一見何もなさそうな草むらも宝の山です。虫が食って穴があいているような葉っぱは、特別でとても素敵。セミの抜け殻も見つかりました。
それぞれ気に入った葉っぱを手にして部屋に戻ると、競うようにして画用紙を受け取り、葉っぱを描きはじめます。「採ってきた葉っぱはすぐシワシワになっちゃうけれども、1カ月以上の展覧会の間、ちゃんと元気な森にしなければいけないから、できるだけ本物みたいに描いてください。絵に描くということは、一瞬を永遠にすることだから」と説明してありますので、もう葉っぱを見ながら、なぞりながら、本当に一生懸命描きます。この時の集中は本当にすごい。大人が怖くなるくらいの静寂の中で、子供は集中します。大人が邪魔さえしなければ、子供は3時間でも黙って描ける。45分授業というのは、あれは教える大人の限界だったんですね。
このワークショップでは、机を使わずに床で作業しました。こうすると、端っこで1人になって描きたい子とか、誰かと一緒になって描きたい子とか、自分が一番気持ちのいい場所を自分で選ぶことになりますから、これも子供が集中するために良いようです。机は人と人の距離や位置関係を決めつけてしまうものですからね。
最初の2時間くらいは、見つけてきた葉っぱやセミの抜け殻を見ながら描くことでいっぱいですが、そのうち燕も描いていいかとか、クワガタを描いていいかとか、記憶の中にある森の要素が出てきます。これは「最初から好きなものを描いていい」と言ったら出てこないんです。入口は、狭く厳しくしておいたほうが、湧いてくるイマジネーションは、より大きく強くなるんですね。この鳥の絵などをみると、静岡の子は自然をよく見ているのがよくわかります。鳥を見ながら描いているわけではないのにこんなにリアル。絵が仕上がったら、ハサミで丁寧に切りとります。午前中で、こんなにたくさんの葉っぱができました。
いろいろな地域から来ている子供たちですので、午前中は知らない同士なのですが、一緒にお弁当を食べて、廊下をバーッと走り回るともう友達になります。一走りしたら自動的に部屋に帰ってきて、また続きの絵を描いています。大人はランチの後、体が重くなって眠くなりますが、子供はランチの後さらにパワーアップしますので、後半の2時間は、午前中の倍くらいスピードで、ダイナミックに作業します。共同作業もあちこちで始まります。キノコが出てくる、フクロウが出てくる、怪獣が出てくる、魔法使いが出てくる、小人も出てくる、もうすごいです。「こういうものは、もう私たち大人にはつくれない、だからあなたたちにこの仕事をお願いしているのよ」というと、「そうなのかあ」なんて言って、ますますがんばります。
そして終了時間30分前。つくる作業はここで終わり。こんなに、たくさんできました。それで葉っぱを取り付ける前に、まずは部屋の掃除です。みんなで片づける。みんなで片づければ早い早い。あれだけ散らかっていた床が、なめたようにきれいになりました。それから葉っぱをみんなで運んで、ガラス面に取り付け作業です。枝の上のほうまで届かないといけませんから、貼りつけは背の高い大人の仕事。子供は、どこに付けるか決める係です。みるみる間に5mのガラス面ががいっぱいになりました。準備しておいた白いシートを手前に掛けます。一瞬森が見えなくなりますが、ここで後ろから照明を当ててもらいますと……色のついた影絵の森が出現します!
それまでは「自分の葉っぱ」だったものが「私たちの森」になる瞬間です。歓声が上がります。この満足でいっぱいの嬉しそうな顔。「きれいねえ」という声が迎えに来たお母さんたちから上がります。これがデザインの醍醐味です。この日にこの一面が完成し、次の日は反対側の面を違うメンバーでつくり、2日間でこんな魔法の森が完成しました。寂しかった場所を、劇的に楽しい空間にデザインし直したワークショップでした。
感覚の筋力を鍛えるデザイン体操
子供とのワークショップを体験しますと、私たちの感覚というのは10歳ぐらいを頂点にして、どんどん感度が落ちていくのではないかということを、ひしひしと感じます。これは自分自身に対する危機感でもありまして、デザイナーの感度が落ちていると、人の感覚に心地よく響く製品をデザインすることなんてできないのではないかと。だから、子供のころに持っていた感覚をいかに呼び戻せるか、維持し続けられるか、デザインの技術とか知識以前に、それが大きなデザインの課題なのではないかと思うようになりました。それで、何かラジオ体操のような、毎日誰でもどこでもできる、大人も子供も楽しめるシンプルな遊びを通して、自然に五感が鍛えられるような新しいメソッドをつくれたら良いな、と。
それから、五感に連動してもう1つ大切なこととして、思い描くほうの「想像力」があります。デザインとか造形と言いますと、つくるほうの「創造力」ばかりが、重要視されがちですが、新しいビジョンをいくつでも思い描ける「想像力」、そういう力を鍛えることも、今のデザインの世界では、とても大事なように思います。思い描くほうの「想像力」、これはデザインの「第六感」と考えてもいいくらいではないかと。この力も子供のころには十分備わっていて、子供のころは、少々想定外のことが起こっても、じゃ、こっちにしようか、これならどうかなと、次から次へと連想ゲームみたいに新しいことを思いつけるんです。大人になると、すぐ考え込んで立ち止まってしまいますが。ですから、そういう想像力と五感を連動させて鍛えるメソッドを、デザイン体操として考えてみました。
まずここでご紹介しますのは、視覚と想像力を連動させて鍛える体操です。これは、そこにあるけれど、見えていなかったものを発見する力を鍛える体操。視覚というよりは、発見力を鍛える体操と呼ぶほうが良いかもしれません。「ああ、そう言えば、そこにあった」と誰もが言うような回答を見つける眼を鍛えるための体操です。
これは、実は、私がずっと無意識に個人的にやっていた遊びを進化させたものなのですが、アルファベットとか数字を自然の中に見つけて写真に撮り、正方形にトリミングする、というものです。この会場に「冬のABC100選」と「春のABC100選」のパネルを展示させていただきましたが、あれは、この半年間、毎日家のまわりの公園をうろうろして見つけたものです。
「こんなに本当にありますか」と皆さん驚かれますが、あるんです。この会場に来るまでの遊歩道にも、家の垣根のところにもありました。見つかりにくい文字もあって、経験から言うとBとかR、それからQも結構難しい。でも見つからないのは私の目が悪いんだ、絶対あるのだと信じて探すと見つかります。子供は簡単に見つけますが、大人はちょっといろいろな言い訳が出てきたりします。日本にはないんじゃないかとか、カメラはどんなのを使っているのかとか(笑)。
この体操は、エストニア芸術大学の講座でも実験的に取り入れてみまして、真っ白な雪景色の中でABCを探すような難度の高いこともやってみましたが、最初はむつかしいけれど、慣れてきたらどんどん見つかるようになって、体操をやった後、ものの見えかたが劇的に変わる!と、学生たちが感激していました。しかも楽しいし、散歩しながらできるので、講座を終えても結構自分で続けていたりしてね。散歩が忙しくはなりますが(笑)、なかなか良く機能するようです。これは、庭でも公園でも遊歩道ででもできる、シンプルな体操ですので、発見力を鍛えてみようかな、と思われる方は明日からでも、お子さんとでも、脳トレならぬこの感覚トレ、ぜひお試していただけたらと思います。
ムナーリのことばに学ぶ、デザインの3原則
今年は、ブルーノ・ムナーリが晩年に自分の言葉を再編集してつくった本の翻訳をさせていただきました。『ムナーリのことば』(平凡社)という本になって、ちょうど今日、見本が上がってきましたので、その本についてちょっとお話しさせていただきます。
この本の中に「子供の心を 一生のあいだ 自分の中に持ち続けるということは 知りたいという好奇心や わかる喜び 伝えたいという気持ちを 持ち続けること」という言葉があります。まさにこの、どんなものがあるのだろうという好奇心であるとか、そうだったのかとわかる喜び。そして、それを人に伝えたいという気持ち。これこそまさにデザイン体操で鍛えたい3つのツボで、これが、良いデザインを生み出すための3原則なのではないかと思います。答えは、自分の中の子供の心の中にあるような気がします。この本は、そういう子供の心に響く、素晴らしい言葉がたくさん詰まっているので、それを、皆さんの心の中の子供にお伝えしたくて、1年がかりで翻訳いたしました。本屋さんで見かけられたら、ぜひご覧になってみてください。
長い話にお付き合いくださいまして、本日はありがとうございました。(終)
阿部雅世さんウェブサイト MasayoAve Creation http://www.macreation.org