VERTU(ヴァーチュ)のプリンシパルデザイナー
フランク・ヌォーボーに聞く

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いっさいホコリが立たず、静電気も起きない環境下で、白衣を着た熟練工が各モデルの組み立てに当たっている。スタッフひとりが1台の「シグネチャー」を組み立てるのに要する時間は数百時間という。

英国ハンプシャー州に置かれた本部の工場で、白衣に身を包んだ職人が、1つ1つ手づくりで組み立てに当たるモバイルフォン「VERTU(ヴァーチュ)」。携帯端末メーカー最大手であるノキアの独立部門として創設された同ブランドは、世界最高品質のものづくりをモットーに、“ラグジュアリーモバイルフォン”という新市場を開拓した先駆者でもある。日本市場への参入を表明して間もなく1年が経とうとするなか、同ブランドの設立者であり、プリンシパルデザイナーの肩書きを持つフランク・ヌォーボーに、東京・銀座のフラッグシップストア(2009年2月にオープン)で話を聞いた。

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フランク・ヌォーボー。「筆頭」を意味するプリンシパルという言葉は、バレエの世界では頻繁に用いられる肩書きだが、プロダクトデザインの世界でこの呼称を用いるのは稀。ノキア在籍時のインハウスではなく、活動を制約せず、より独立したかたちでデザインワークに臨みたかったというヌォーボーの希望を踏まえ、「プリンシパルデザイナー」という肩書きに落ち着いたという。ヌォーボーは現在、ロサンゼルス近郊にデザインスタジオを構え、VERTUのデザイン開発に当たっている。また、ノキアが資金を提供して運営されているアート・センター内のColor Material and Trend Lab (CMTL)とも密接な繋がりを持つ。

フランス語で「芸術品への傾倒」を意味する「VERTU」。このネーミングを考案し、ブランド設立を提唱したのがフランク・ヌォーボーである。世界中に展開するノキアのデザインスタジオの立ち上げやマネジメント、さらにチーフデザイナーなどを歴任してきた彼は、キャリアの大半をモバイルフォンのデザイン開発に費やしてきた。そんなヌォーボーが、ノキアの経営陣に対して新ブランドの創設を提案したのは1997年のこと。最高の素材を使い、高度な職人技が強く反映されたモバイルフォンを開発するというヌォーボーの夢が動き出す。

「当時、チーフデザイナーとしてノキアに在籍していた私の役割は、デザイン戦略の策定であったり、巨大な組織を動かすマネジメント業務が中心でした。重要なデザインや設計を自らの手で直接行うこともなく、そのことに少しばかり寂しい思いを感じていました。小さいチームでいいので、再び自分でデザインを手がけられるようなポジションに戻りたかった。同時に、ものづくりにおいては、高い耐久性と美しいメカを兼ね備えた商品がつくれないかと考えていました。ノキアにおいても常にプライドを持って高品質な製品を提供することに努めてきましたが、私が望んだのは、素材や品質の面でさらにその数段上をいくレベルのもの。スイスの高級腕時計やジュエリーに匹敵する世界観や価値観を備えたモバイルフォンだったのです」

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フランク・ヌォーボーがVERTUのスタートに当たりいちばん最初に描いたスケッチは、人が手を広げているポーズだという。そこから「V」の文字をアイコンとしたデザイン開発がスタート。ブランド名は、その後に着想されたものだという。

ヌォーボーの提案は、翌98年にノキアで承認される。「よくノキアのような大企業を説得できたね」と、今でも会う人たちから口々にこうコメントされるという。そこには素直な賞賛もあるが、立場を同じくするデザイナーであれば、少なからず嫉妬心も含まれているはず。

「私は確かにVERTUの発案者ですが、そのことを声高に叫んだり、周囲に誇示することはしたくありません。むしろ自分は“謙虚な発案者”だったと考えています。世界最高のモバイルフォンをつくり上げるというアイデアに、私と同じように興味を持ち、その具現化に向けて奔走してくれた人たちの貢献があって、今日のVERTUがあるのですから。皆が一緒になってつくり上げたブランドであるという認識を持つことが、将来の礎になると考えます」

今でこそファッションブランドの参入などもあって高級路線を標榜するモバイルフォンは何種も存在する。しかし、それとて市場規模においてはわずかなボリュームに過ぎない。手頃な価格か通信速度など機能を売りにするかの二極化傾向に市場のニーズが向かうなか、徹底して裕福層に狙いを定めるVERTUは、どのようなビジネス展望を描くのか。

「市場参入にあたっては、まず時計のマーケットを参考にしました。時計の市場を見るとマスボリュームの比率がとても大きく、高級腕時計はその中のわずか数パーセントを占めるに過ぎません。しかし、この市場が持っているポテンシャルはとても大きい。時計市場は今後も存続するでしょうが、若い人のライフスタイルなどを見ていると、アクセサリーとしての重要度はコミュニケーションを可能にしてくれるモバイルフォンへさらに流れていくと考えました。そのときに、ラグジュアリー時計のユーザーの受け皿として、ラグジュアリーモバイルフォンという新たなマーケットが受け入れられると思うのは自然な流れ。高級時計に匹敵するか、それ以上のニーズがあると考えたのです」

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フランク・ヌォーボーが描いたシグネチャーのスケッチ。

ーー最初のプロダクトである「Signature(シグネチャー)」が発表されたのは、ノキアの経営陣による承認を得てから4年が経過した2002年。ヌォーボーは初のお披露目となるこのタイミングで2機種の発表を考えていたが、開発チームが手探り状態だったのと同様、サファイア、ガラス、セラミックなどを提供する素材加工メーカーにとってもVERTUの高いレベルの要求に見合った質・量を維持することは困難を極めた。

サファイアクリスタル

「精密部品などに使われるサファイアクリスタルを、私たちは製品のフロントフェイスに採用しました。こうした部位に適合させるためには、素材の生産工程を一から見直す必要があったのです。しかも、それぞれの材質をモバイルフォンの技術や耐久性にきちんと落とし込むことも要求されます。実際、シグネチャーのフェイス部分を私たちは、2,000℃の高熱炉で2週間以上かけて精製しています。こうした品質を常に確保し続けることも私たちが克服していかなければならない大きな課題となったのです」

ーーシグネチャーの発表とともに、ラグジュアリーモバイルフォンという新たな市場を形成したVERTUは、2年後に「Ascent(アセント)」を、さらにその2年後となる06年に「Constellation(コンステレーション)」を投入。現在は、それぞれのラインの後継およびバリエーションモデルも登場し、3ラインのコレクション体制が軌道に乗りつつある。08年に発表したシグネチャーの最新モデルはレッド・ドットアワード賞を受賞するなど、品質や機能のみならず、デザイン面でも高い評価を獲得する。

「他のプレイヤーもこの市場に参入してきていますが、サービスも含めてVERTUの提供する品質レベルにまで到達するのはひじょうに難しいのではないでしょうか。高品質の素材やデザインを生かし、同時に最新のモバイルテクノロジーの機能もしっかりと確保する。内部の精密部品から、外側のコンシェルジュキー1つに至るまで、あらゆる点でクラフトマンシップが反映されたものづくりを実践し、ラグジュアリーアイテムとしての性格を与えることは容易ではないのです。顧客となる方々の多くが、とてもこだわりを持ってモノに接している人ばかりですが、幸いにしてVERTUは、確実に彼らからの信頼を獲得し、このマーケットにおいて確固とした地位を築きつつあると言えます」
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ニュー・シグネチャーより、写真はステンレススチールモデル。他に、イエローゴールド、ホワイトゴールド、プラチナの3タイプがある。高品位なスピーカーユニットを用い、通話時の音質や呼び出し音がひじょうにクリアなのもVERTUの特徴。

最後に、VERTUの今後の製品ラインアップについて聞いた。タッチパネルを搭載したスマートフォンが市場で人気を博すなか、この分野への参入はあり得るのだろうか。

「常にあらゆる可能性を検討しており、スマートフォンのようなものを手がける可能性も排除しません。ただ、私たちの顧客のメイン層は、ある程度確立されたプラットフォームを好む傾向が強い。ゆえに、技術の進歩にともないモバイルフォンは今後もさまざまな形状のものが出てくるでしょうが、そうしたデバイスが成熟し、一定の品質確保が保証されなければ、積極的に新しいものを取り入れることはしないでしょう」
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「アセント・ティー・アイ」は、スポーツカーのエンジンなどに用いられるチタンを外装材に用い、落としても壊れない耐久性が売り。写真は、本体前面と背面にフェラーリの「跳ね馬」の紋章を施した限定のフェラーリモデル。

さらにデザイン戦略について尋ねると、次のような答えが返ってきた。

「VERTUは、当初よりラグジュアリー製品を目指して生まれたわけではないのです。いかに質の高いものを、最高の素材と最高のクラフトマンシップによって具現化し得るか。そこが出発点です。そうした私たちが目指すものづくりを受け入れる土壌が、たまたまラグジュアリー市場であったというだけなのです。エンジニアリングを担当するハッチ・ハッチソンと話をするなかで、彼からデザイン戦略は何かと尋ねられることがあります。私は一貫して“美しい製品をつくる、それに終始することだ”と言い続けています」
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VERTUのアクセサリーラインである「Vコレクション」は、2009年のバーゼルワールドで発表された。そのラインナップには、ブルートゥース対応のヘッドセットやペン型USBメモリーなどがある。

フランク・ヌォーボー/米パサディナのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインでプロダクトデザインを学んだ後、デザインワークスUSAに勤務。同スタジオ創設者であるチャック・ベリーの下で家電やトランスポーテーションなどさまざまな分野のデザイン開発に携わる。その後ノキアに移籍し、ロサンゼルスを皮切りに、英国、フィンランド、日本、デンマーク、ドイツなどにおけるデザインスタジオの立ち上げに参画し、各グループを率いる。ノキアのチーフデザイナーを辞し、2006年よりVERTUのプリンシパルデザイナーとして、3名のデザインスタッフらとともに新製品の開発に従事する一方、近年はVERTU以外でも活動の幅を広げている。