ザ・プロトタイプ・アーカイブ 7
ヤマハ「EZ-JAZZ Piano」(2006)

スタンダードジャズの静かな旋律が流れる空間。シングルモルトで満たされたグラスを傾けながら、男は、曲に合わせてゆっくりと鍵盤を叩いていく。譜面は読めず、ろくに演奏技術も持ち合わせていない。しかし、鍵盤に触れた指は確実に、耳に聴こえるスタンダードナンバーを奏でていく。

 「いつかは自分もピアノが弾けたら……」。ジャズに接したことがある人なら一度は抱く思い。そんな願望を叶える“大人のための電子ピアノ”をコンセプトに開発されたのが、この「EZ-JAZZ Piano」だ。愛聴するCD音源を取り込み、伴奏が自動的に付いてくるアレンジ機能を用いることで、鍵盤で簡単なコードを弾くだけで多彩なセッションを実現する。同時に、知性や大人の遊び心を刺激する要素が随所に盛り込まれているのも特徴だ。

 例えば、静電容量(無接点)スイッチを採用することで突起物をすべて排したパネル部は、電源を入れた瞬間にブルーの灯とともに操作系統が徐々に浮き上がり、バーカウンターに腰を下ろしたときのような、ちょっとした高揚感をもたらしてくれる。プレイヤーの足下を照らすブルーのイルミネーションも同様の効果を生むための演出だ。弧を描く先端部と美しいモニュメントを見るような2本の脚の組み合わせによるスタイルも、従来の電子ピアノにはない大胆さを秘めている。そこには、部屋の隅や壁面に沿って置かれることをはなから否定し、あらゆる角度から見られることを十分考慮したという主張がうかがえる。

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 “トレーニング”という行為には、どこか他人には見られたくないといった思いが潜む一方で、“プレイ”は、演奏をいかに魅せるかに行為の本質があるのだとすれば、EZ-JAZZ Pianoのデザインは、紛れもなく後者を意識したものだ。たとえ観衆がいなくても、楽器自体が演奏者にスポットライトを当てる役割を担ってくれるだろう。

 楽器の側からさまざまな障壁を取り除いていきたいというのが、開発に携わった関係者の言葉だ。ピアノというイメージに縛られることで、アイデアを縮めていたとも言う。そうした固定観念を崩していくことが、このような新たな楽器の創造に繋がっていった。ギター、トランペットと続く「EZシリーズ」の第3弾として製品化を目指す一方、開発側はドラムやベースを加えたEZジャズセッションなど、新たな音楽の楽しみ方の創出にも期待を寄せる。(AXIS124号より)