『ふしぎなナイフ』
中村牧江、林 健造 作/福田隆義 絵(福音館書店 840円)
評者 髙橋正実(デザイナー)
「さまざまな想像から“きっかけ”を感じられる絵本」
不思議だけれども明快。単純だけれども無限。ナイフに関するさまざまな想像から、ものごとの始まり、創造、広がり、無限、そしてきっかけを感じる絵本。ナイフがほどけたり、ちぎれたり、伸びたり、縮んだり、膨らんだり……。
毎ページ、テキストは単語に近い表現で構成され、構図も説明のいらない明快さを持つ。そしてその明快な表現こそが不思議に思える。その不思議さが、おそらくこの絵本の素晴らしさの1つではないか。1冊すべてを見終わったときには、「ここでのナイフの表現はこれしかない!」とまでに思うほど、無駄がなく、一気に最後までストーリーが自然に流れていく心地よさとスピードがある。子供はワクワクして目を輝かせ、大人は想像力を掻き立てられながらも、ナイフの表現とその存在感に圧倒される。
すべてのページが見開きで完結をしながらも、1冊の本としてのストーリー性に大きなデザインを感じ、個の見え方、集合の見え方、そして考え方を思う。ナイフはリアルに思える原寸に近いサイズで登場。表紙のバックの木目すらも、ナイフの素材と対照的で、脇役として存在することで、木がナイフを説明し、ナイフが木をも紹介している。ここでバックには木以外あり得ないとまで言い切れるほどの圧倒的、かつ安定した存在感があり、ものの個性をこれ以上ないとまで思わせるほど表現している。
中のナイフの絵はとても美しく、あっという間で読み終わるボリュームの中に、さまざまなものごとが集約され表現されている。どんなに忙しくても簡単に読める内容なので、多くの方にこの素晴らしさを紹介したい。
本来子供向けの絵本だが、私自身のこの本との出会いは23歳のときであった。ある作家のご紹介で、この本の出版社の方と会い、その絵本担当の方から「このような本がつくりたいんです。高橋さんはこういったことを考えるのが得意な気がして。本を書いてみませんか」と言われ、内容を知らないままにこの本を受け取った。そのとき、その女性が目の前で読んで聞かせてくれたのだが、読み方がとても素敵だったのを、今も鮮明に覚えている。「あゝ、絵本はこういう方がつくっているのか。よかった」とも思った。
32歳になった今、絵本を見るときには、大人スイッチと子供スイッチがあり、楽しみ方が2通りある。この絵本は、どの国の子供が、そして大人が見ても面白いのではないかと思う。どうかすると、宇宙人も興味深く見るのではないだろうか。この絵本の中のナイフのように、日常の中でこのような発想、そして想像力でものごとを捉えるという遊びをしていたら、人生が何倍も楽しいものとなるだろう。私もそろそろ本をちゃんと書かないと、この本をただ、いただいただけになってしまっているな……と、この本に出会うきっかけをくれた女性を思い、本をくれた意味を思い出す。頭の中がすっきりするかのような、シンプルで心地よく美しい、不思議な絵本。創造への繋がりをそのまま体現したかのような本である。(AXIS 131号/2008年2月より)