『地震イツモノート』
『地震イツモノート』 地震イツモプロジェクト 編 (木楽舎 1,500円)
評者 和田達也(プロダクトデザイナー、多摩美術大学教授)
「等身大の感覚で等身大の情報を伝える大切さ」
読書の楽しみは、新しい視点の発見。いつもわくわくさせられる。ここ1年、米国の大学と「自然災害とデザイン」をテーマに共同研究を行ってきた。特に地震に対する関心が強く、さまざまな関連情報を目にするなかで、この1冊と出会った。
これまでの地震に関する本は、防災という観点からマニュアル風に地震発生時の対処法や事前対策などが説かれているものが多かった。あふれる地震情報への慣れにすでに驚きを覚えなくなってしまっているなかで語られる、防災のおすすめという警告には今ひとつ実感を持てない。
何が原因だろうか?
今の公共メディアでは状況をありのままに伝えることに限界を感じる。特に映像などは一番の真実のように思われがちだ。しかし、見る者にとって、最初は速報に高揚した気分にもなるが、伝え方のマンネリ化も手伝ってか、わずかな時間の流れのなかで画面の向こう側の出来事であることを感じ取ってしまう気がする。最も残念なことは体験者が感じた生の恐怖が伝わってこないことである。
大切なことは被災者が災害に直面したときに、どんな恐怖を抱き、どんな気持ちになり、どんな行動をとったかという等身大の情報を伝える。そして、それをどう伝えるかを工夫し、まずは脚色も解説もなしに直面した事実を淡々と被災者の言葉で伝えることだ。
この本は、被災者にその人なりの被災体験を事実として語らせることで地震そのものの恐ろしさを導入部からさりげなく追体験させてくれる。地震はイツモあるものだ、だからタイトルにはイツモノートと名付けられ、イツモあることだったら、それに柔軟に対応できる生活環境にしておこうと提案している。高く積み上げた本棚に転倒防止用の金具を付けて不安な気持ちで暮らすよりは、最初から本棚を横に寝かしてしまおうという発想。それを表す横にした本棚の絵と「イツモ」という言葉で表す絶妙な感覚。また、情報をどう伝えるかという視点でみると、本当の情報を伝えようとする姿勢とユニークな視点で構成された情報デザインの書籍であり、デザインプロセスと重ね合わせて考えることができる。
デザインそのものは机上の学問ではなく、実生活に即した実学である。それには等身大の人間的な感覚へ訴求する力がなければ意味を持たない。そういう意味でこの本は、防災の現場での行動と、防災意識の変革へさりげなく人々を誘う優れた提案書といえる。(AXIS130号/2007年12月より)