小泉 誠(家具デザイナー)書評:
ル・コルビュジエ 著『UNE PETITE MAISON』

koizumi
『UNE PETITE MAISON 1923』
 ル・コルビュジエ 著 (ビルクホイザー 3,647円)

評者 小泉 誠(家具デザイナー)

「家を歩き回るように」 

ル・コルビュジエの建築を初めて目にしたのは18年前だった。

富永 譲さんの著書『ル・コルビュジエ 幾何学と人間の尺度』(丸善)を片手にパリの郊外ポワッシー駅から小さな坂道を巡り、コルビュジエの代表作サヴォア邸(1931年竣工)に辿り着いた。

当時は壁もはがれ落ち管理もほどほどで、その状態がやけにリアルに65年の歳月(18年前当時)をものがたり、時代を超えた新しさに目を見張った。そしてこの瞬間にコルビュジエの虜となり、この旅でラ・ロッシュ邸、救世軍本部など、パリ市内のコルビュジエ建築10数件すべてを見て回り、リヨン近郊のラ・トゥーレット修道院、南仏カップマルタンのコルビュジエの休暇小屋まで訪ねることとなった。

その後サヴォア邸には数回訪れることとなるのだが、2回目には建築であるためのディテールの確かさに驚かされた。建築が痛まないための工夫(窓の結露が流れ落ちる道筋まで考えてあるが、雨漏りはしたらしい)はもちろん、自然の光や風と関わる工夫をはじめ家具と建築のあり方など。

3回目にはコルビュジエの教え子という人と出会い、この建築が中世の生活様式のもと、人を招くための装置となっていることを聞き驚いた。家の主役は婦人であり、その主婦室からすべての状況が把握できる目線の操作(コックピットのように)と、そのための裏動線の巧みさ。誰もが不思議に思う浴室の形状と位置、そして光の関係、この謎もこのときに解くことができた(これはまだ内緒!)。

そして4回目には色の理由を探った。大地の色、西日の色など、自然の色はもとより、コックピットである主婦室が外から見えにくいような色や、浴室が水色とピンク色である理由にも納得した。とにかく訪れるたびに新たな発見をする玉手箱のような住宅なのだ。そして、いつもこの建築をコルビュジエ自らが設計中に歩き回り、生活をしているようなリアルさとスケール感を感じる。ただ単に俯瞰的だったり理論的だったり建築的に新しさをつくるのではなく、そこにはきちんと「人」がいて、なおかつ新しいのだ。

さてこの『UNE PETITE MAISON』はコルビュジエが両親のためにつくった小さな家を伝える本だ。建築の作品集でよく見かける断片的な美しいシーンの羅列や、コンセプトを説明しやすい写真構成の本ではなく、建築周りの風景に始まり、門から入り、庭を通り、猫の居場所があり、部屋を巡り、また庭に出て、風景を見て……と家を歩き回る絵本のような構成だ。白黒のスナップ写真と短い文章だけだが、ページをめくるたびに新たなシーンが飛び込み、そのシーンがどれも心地良さそうでワクワクする。

この家には実際に行ったことはないが、幾つか訪れたコルビュジエの建築で感じた大切なことがわかりやすく表されていると思う。きっと「建築のかたち」ではなく「生活のかたち」なんだなと。そしてそれがコルビュジエの経験と感性のもと美しく新しく仕上がっているということを。(AXIS 134号より)