REPORT | ソーシャル
2018.06.13 15:08
メルボルンシティのすぐ隣、イタリア人が経営するピッツェリアやリストランテが軒を連ねるエリア、カールトンにある人気のカフェ「Vertue Coffee Roasters」で、素敵なハンドメイドのスツールを見かけた。どんな人がつくっているのかを尋ねると、付近に工房を構えるアーティスト、Michael Kellyさんにたどり着いた。今回は、家具やアートワークを制作しながら、夫婦でカフェと宿泊施設を営むMichaelさんの工房を訪ね、手でつくる意義について話を聞いた。
手間をかけることで生まれ変わる古材
「僕らは、カールトンのクリエイティブな雰囲気が気に入って、今から10年前にシドニーにから移り住んできたんだ。これまで、家具を中心に、アートワークやインテリアの設えなどを自分一人でつくってきた。円柱形のスツールは、細いラス(lath)と呼ばれる木材だけでつくられている。細い部材だけを使っているから手間はかかるけれど、とても軽くて丈夫なんだよ」。
ラスとは、幅3cmほどの塗り壁の下地に使われる建材で、日本の「木摺り(きずり)」のこと。ラスを使い始めたのは、手近にあった材料ということもあるが、大きな意味はなかったと笑う。
「ちょうど10年ほど前から、ラスを使い始めた。そんなことは、他の誰もやっていなかったから、それが良かったんじゃないかな。不要になったラスがあると聞けば、無料で引き取りに行った。ラスは下地材だから、古い建物の壁に使われていたものもあれば、倉庫に保管されていたような古材もある。廃棄するのに費用がかかるから、無料で引き取ることは所有者にとっても悪い話じゃない。まれに100年前にアメリカから輸入されたラスに出会うこともあり、風化した表情に創作意欲を刺激されるんだ」。
彼はラスを使って、ピクチャーフレームなどの小物から、スツールやテーブル、組み立て式の小屋まで、さまざまなものを製作している。薄いラスは加工しやすいが、美しい仕上がりのためには繊細な技術が求められる。
自ら運営する、カフェと宿泊施設
また、近年はドローイングやアートワークにも熱心に取り組んでいるという。現在は、カールトンの中心部で徒歩2、3分の範囲内にカフェと5つの工房兼ショールームを構え、そのうち3つの工房は上階をエアビーアンドビーの宿泊施設として活用している。
「このカフェは、工房の隣に2017年末にオープンしたばかりで、今も少しずつ手直しをしながらインテリアを整えている最中だ。テーブルや椅子は、自作の家具と一部アンティーク品をミックスしている。本棚の木製ボックスもラスだけでつくったシンプルなものだ。カフェは基本的に妻が切り盛りしているが、僕がエスプレッソを淹れることもあるよ」。
ところどころにグリーンを配した店内は、素朴なラスの壁で覆われている。ハート型に見えるパターンは、表面に描かれた柄ではなく、ハート型にラスを切り欠いた部分にプラスターを塗り込んだ凝った仕上げ。クラフト感溢れる店内は、いつも近所の常連客で賑わっている。
インテリアデザインへの興味について尋ねると、「空間全体をまとめ上げていく仕事は大好きだよ。このカフェや、自分たちが運営する客室のように、アートや家具を含めてすべてを任される進め方が自分の性にあっていると感じるね。オーナーが別にいて、デザイナーとしての立場で仕事をするなら、互いにリスペクトの気持ちがあるといい仕事ができると思うな」。
ものづくりに対するスタンスを聞くと、「自分にとっていちばん大切なことは自由だ。独立した立場で、思うままにつくる。家具でもアートでも同様さ」。
服役中に打ち込んだアート制作
きわめてシンプルな信念だが、彼の半生を聞くと“自由”という言葉への思い、その尊さがよく理解できる。シドニーの郊外で生まれ育ったMichaelさんは、10代後半の仲間たちが大学や社会に出て行くタイミングで心を病み、精神科の医師の診断により、隔離病棟で過ごさざるを得なかったという。当時、病棟から脱出を試みては、再び入院を強いられる日々だった。
その後、病棟を抜け出たタイミングで出会った犯罪歴のある人物に強盗を持ちかけられ、ジュエリー店に侵入する。しかし、即座に逮捕され、服役した経験を持つ。少年時代からものづくりが好きで、10代のときには独力で小屋を建てたこともあった彼は、服役中にアート制作やものづくりに打ち込んだ。その作品の完成度は、シドニー・カレッジ・オブ・アートの教授が独房に作品を見に来て、修士課程への入学許可が与えられたほどだった。「当時は、スクラップの材料から何か美しいものを生み出すことの夢中だった」と振り返る。今も、自らの過去を隠す気はないし、同じような経験をした人の力になりたいと語る。
最後に、カールトンに工房を構えてからのいちばんの思い出を聞くと、「あるとき、映像関連の仕事をしていた若者が工房にやって来て、彼自身の過去の話をしていくようになった。とりたてて家具づくりを教えたわけではないんだが、僕の仕事に刺激を受けて、彼もものづくりをするようになり、今ではひとりで美しい家具をつくっている。自分の手で生活に必要なものをつくることは素晴らしいことだし、誰にでもできることなんだ。この工房を通して、世代を超えた交流ができたことは僕にとっても良い経験になった。現代社会はストレスに満ちているが、自分の手を使って何かをつくるという行為は、そこから解放してくれると思うんだ」。
エコロジー、リサイクルといった題目を掲げることなく、自然体でものづくりと向き合うMichaelさんのアートや家具は、大量消費社会で見落とされることのある人と人との交流や、手を使うことの意義を思い出させてくれる。